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Azure Blue― 自問自答ー営業帰り、静かな午後

 午後一番の商談を終えて、駅へ向かう道。

 薄曇りの空の下、街路樹の新緑が風に揺れていた。

 手にした缶コーヒーはもうぬるく、味もしない。

 ふと、駅ビルのガラスに映る自分の姿を見て、足が止まった。

 黒いスーツに紺のネクタイ、肩にはビジネスバッグ。

 これが、十数年前に夢見た“未来の自分”だったか―― 思わず苦笑が漏れる。

 あの頃、俺はもっと不格好だった。

 髪は伸び放題で、茶髪で、深夜までスタジオにこもり、音楽の話ばかりしていた。

 それでも、目だけは今よりずっとまっすぐだった気がする。

「音楽で食ってく」

「武道館行こうぜ」

 そんな台詞を、まるで祈るように口にしていた。

 けれど、現実は変わる。

 卒業、就職、結婚、別れ。

 誰も責められない。自分だって、ちゃんと働いている。

 人並みに給料をもらい、税金を払い、社会の一部になっている。

 だけど―― 「このままで、いいのか?」

 思わず口の中でつぶやいた。

 誰に向けた言葉でもない。ただ、胸の奥にぽっかり空いた穴に向けて。

 ずっと聞こえないふりをしてきた声が、今日は妙に鮮やかだった。

 スマホの通知音が鳴る。

 仕事のチャットかと思ったが、違った。

 昔のバンド仲間―― ユウスケからだった。また飲み会の誘いかと思ったが違った。

『今度、軽音のOB 会でセッションするけど久しぶりに来る?』

 一瞬、時が止まった気がした。


 あの2回目の春の日を、今でも思い出す。

 サークルの練習後、人気(ひとけ)のないキャンパスの中庭で、あかりと二

 人きりになった。

「ねえ、さっきの新曲… 『遠い星』あれ、私のために書いたの?」

 冗談めかして笑う彼女に、僕は言葉を詰まらせた。

 照れ隠しのように、ギターの弦をつま弾く。

 すると、あかりは急に真面目な顔になって、静かにこう言った。

「… 私は、修司の歌が好き」

「うん… 」

「いつもまっすぐで、少し不器用で。だけど、嘘がないところも」

「… 私も、あなたの歌になってもいい?いつでも・・歌ってくれる?」

 修司は、ギターを置いて彼女の手を握った。

 風が桜の花びらをさらっていく。

 その瞬間から、僕たちは付き合い始めた―― 言葉にしなくても、自然と。

 彼女と過ごした季節は、短くて、それでも濃くて、宝物のようだった。



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