Azure Blue ― 春、始まりの歌『the way home 』
静かな午後だった。
4月の終わり。桜は散って、キャンパスの隅に若葉が揺れていた。
大学の音楽サークルの部室は、まだ誰の居場所でもなかった。
新歓シーズンが終わり、仮入部の名前がホワイトボードに並ぶ。修司はその中の一人として、とりあえずギターを担いで毎日部室に通っていた。
小さな窓の下、埃っぽいソファとジャズコーラスのアンプが無造作に置かれている。
部屋の奥の方、誰もいないのを確かめると、修司はケースを開け、ギターを取り出した。
自分が作ったばかりの曲―― 初めてのオリジナル。
タイトルは「the way home 」
ふとした時に口ずさんでいたメロディと言葉を、昨日ノートに書き留めた。
メジャーコードとマイナーコードの混ざった、未完成のバラード。
彼は指先を震わせながら、そっと弾き語りを始めた。
ーー長い道のり乗り越えて 大人びた横顔になっていく
ーー変わらないなんて嘆かないで 明日はくる
ーーとりあえずgoing home
歌詞の最後の一節を口にした時、ドアがふいに開いた。
「ねえ… すごく、いい曲だね」
驚いて顔を上げると、女の子が立っていた。
小柄で、ストレートな髪。目元にどこか不思議な影を持つ。
「あ、ごめん。入っちゃいけなかったかな」
「いや、違う、君は… 」
「新入生。音楽サークル、仮入部中の。名前は――あかり。君は?同じ1年?」
「修司。うん1 年… あ、いや、その、まだ曲、途中なんだけど」
「ううん。すごく伝わってきたよ。『とりあえずgoing home 』って、なんか… いまの私にぴったりだった」
彼女は笑った。その笑顔に、修司の胸がすこしだけ熱くなった。
「この部屋、初めて来たのに、なんか落ち着くね… また来てもいい?」
「もちろん。まぁ、普段は大勢いるけど」
それが、すべての始まりだった。
あかりはその後、毎日のように部室に顔を出すようになった。
修司の歌詞にアイデアを出してくれたり、ハーモニーを乗せたり。
「歌って、誰かに届くんだね」
彼女のその言葉が、修司の中の何かを確かに変えた。自然とバンドも組むようになった。
そしてその日、修司はもうひとつ大事なことを知った。
“音楽はひとりではない”ということ。誰かがいて初めて奏でられるものがあることも。