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8.遺言

 夢を見ていた。のだと思う。


「カズよ、夏の予選で負けたら、野球を辞めるつもりだろう」

「辞めたらいかん。続けている以上、可能性はゼロではないが、辞めたら終わりだ。ゼロだ」

「辞めるのはいつでもできる。お前はまだ若い。諦めずに続けるのだ」


 祖父の説教が始まった……

 と言うか、野球を辞めるつもりだと、誰にも言ってないのに何で知ってんだ?


「お前の考えなどお見通しだ」

「やる前から諦めてたら何も起こらないぞ」

「人より劣っているのなら、人より沢山練習して、沢山汗を流せと前から言っておるだろう」

「いいか、絶対に辞めたらいかん」


 今までだって人より多く練習してきたけど、高校野球より上のレベルになれば、練習したって超えられない壁があるんだよ。


「辞めてしまったら超えられる壁も超えられない」

「辞めたら終わりなんだ。続けていれば道が開けるかもしれない」


 続けろって言うなら続けてもいいけど、有名大学の野球部じゃレギュラーどころかベンチ入りさえ難しい。

 レギュラーになれそうな大学じゃプロのスカウトも見に来ないし、甲子園みたいな目標が無い環境で、今まで通り真剣に取り組んでいけるのか自信が無いよ……


「どんな環境でも必ず目標はできる。チームの目標、個人の目標、それに向かって努力して汗を流すことに意味があるとは思わんか?」

「これはワシの願いじゃ。頼むから大学でも野球を続けてくれ」


 五月蝿いなぁ……

 分かったよ、続ければいいんだろっ。


「そうか、分かってくれたか。これは約束じゃぞ」


 う~ん…… 目覚めが悪いし、頭が痛い……

 ん? 何故か家族や親戚が集まっているなぁ……

「あっ、カズ君が目を覚ましたよ!」

 と誰かが言った。

 おぉ!

 と、どよめきが起きた気がしたが、次の記憶が無い。

 またすぐに眠ってしまったらしい。

 

 

 後で聞いた話しによると、頭に死球を受けた僕は、その場で気を失い担架で運ばれたようだ。

 ほぼ同時にスタンドで応援していた祖父も、熱中症らしき症状で倒れ、二人揃って同じ救急車で同じ病院に運ばれたとのことだ。


 残念なことに、祖父はそのまま目を覚ますことなく、亡くなってしまったそうだ。

 ってことは、僕の夢に出てきて、説教してたのは何だったんだ。

 もしかしたら、夢の中とは言え、生前の祖父と最後に会話していたのは僕かもしれない……


 とんでもない遺言を僕にだけ残してくれて、苦笑いしか出てこないが、これでは野球を辞める訳にはいかないなぁ……


 チームはというと、僕が死球で拡大したチャンスの後に、三番松村・四番菅沼の連続ヒットで同点に追いついたものの、その後は無得点。

 力投していた松村が、延長十二回に力尽き2対3でサヨナラ負けしたとのこと。

 最後に皆と一緒に涙を流すこともできずに、僕の高校野球は終わった。


 試合終了後に佐久穂の監督と青木がお見舞いに来たらしいが、僕は眠っていたので面会はできなかった。

 僕に当てたことによる動揺で、一度は同点まで追い付いたが、最終的には180球以上を投げて完投。

 やはり並みの投手ではない。


 佐久穂は準決勝・決勝も勝ち抜き、甲子園出場を決めた。

 彼はこの後も大学・プロと野球を続けて行くのだろう。

 僕とはレベルが違うので、もう二度と対戦することは無いのだろうけど、四死球で二回出塁したことが自慢になる投手になってくれたら良いと思った。

 できればヒットで出塁したかったなぁ……



 退院してすぐに夏休みになった。

 去年までは秋の大会を目指し、ほぼ毎日練習に明け暮れていたが、今年は大学受験に向けて、ほぼ毎日補習に明け暮れていた。


 大学に行っても野球を続けることにしたが、卒業したらどんな仕事をするのか考えて学部を選ばなければならない。

 野球が好きなのは変わらないので、野球に関係した仕事がしたいとは思っていた。


 例えばドルフィンズの球団職員とか、新聞記者になってドルフィンズを取材するとか、トレーナーを目指すとか……

 選手じゃなくても仕事は色々ある。


 とりあえず決めていたのは、ドルフィンズの本拠地、横浜ボールパークに通えるところに住みたい。

 ということだった。

 大学は横浜市内の大学に行きたい。


 何を学ぶのか?

 ということよりも、先に場所が決まっているのだから、何を勉強するのか、なかなか集中することができずにいた。


 そんなある日、「一茂君、ちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」と声を掛けられた。

 美術部の顧問の石津先生だった。


 石津先生は、父の高校時代の美術部の後輩で、僕が子供の頃から家に遊びに来たこともある。

 父より若いのだが、髪の毛が薄くなってしまい額が輝いている。

 ニックネームはピカソ先生だ。


「君が授業中に描いた風景画なんだけど、来月の展覧会に出したいと思っているんだよ」

「え? 僕は美術部員じゃないですけど、そんなことできるんですか?」

「あぁ、それは問題無い。それどころか美術部員の多くが、素晴らしい絵だから是非出展して欲しい。って言ってるんだよ」


 素人の僕には絵のことは分からないけれど、皆が誉めてくれていることは素直に嬉しく思う。

 元々絵を描くのは好きで、父の本棚にあった野球マンガの絵を真似て描いていたものだ。


 自分で野球をやるのは嫌いだった父は、野球を観るのは好きなようで、テレビ中継はよく観ていた。

 本棚のマンガも「巨人の星」「ドカベン」「あぶさん」「侍ジャイアンツ」「アストロ球団」「キャプテン」「プレイボール」「タッチ」など、往年の野球マンガが多くある。


 長嶋茂雄さんや王貞治さんのことは、「巨人の星」や「あぶさん」を読んで知った。

「キャプテン」や「プレイボール」は今でもバイブルのようなものだ。


 好きな主人公の似顔絵や、投げている姿、打っている姿などは、今でもお手本無しで描けるのでは?

 というくらい描いていた気がする。

 それが美術的に上手い絵が描けることにどれほど影響しているかは謎であるが……


 石津先生に言わせると、「血は争えないな」ということらしい。

 父や母の才能が僕に引き継がれているのかもしれない。


 進路を決められないまま十月になった。

 少し焦り始めていたある日、石津先生がスキップするように陽気にこちらに向かってくるのが見えた。

 後光が射しているようにキラキラして見えたが、それは頭が輝いているだけだろうか……


「おぉい、一茂君! 君の絵が入選したよっ。ウチの高校では部長と君だけだよ。凄いことだよっ!」

「えっ? マジっすかっ?」

「いや~、流石は長嶋先輩の息子。俺の目に狂いは無かったっ!」


 石津先生は天にも昇る勢いで喜んでいたが、すぐに僕は冷静になった。

 美術部の三年生だって、最後の展覧会を目指して日々努力してきたのでは?

 それが僕のような素人の絵が入選して、自分は落選したのではやり切れないのでは?


 軽い気持ちで了解してしまったが、こんな結果になるとは予想していなかったし、申し訳ない気持ちにしかならない……


「一茂君、志望校は決まったかい? もし良かったら俺の母校の横浜情報工芸大学はどうかな? 君の成績を見たけど偏差値は問題無いし、今回の県展入選で推薦もできるんだけど」

「えっ? マジっすかっ?」

 って、さっきから同じセリフしか出てこない……

 数秒前に、美術部の他の三年生に申し訳ない。

 って思った気持ちは吹き飛んでしまった。

 嫌なヤツと思われても仕方ないが、推薦を受けられるし場所も横浜だし条件は満たしている。


「先生、その大学に野球部はありますか?」

「え? 野球部か…… ゴメン、俺は興味が無いんで、ちょっと覚えてないなぁ」

「そうですか。返事は今日じゃなくてもいいですか?」

「あぁ、問題無いよ。やる気になったらいつでも相談しに来てくれよな!」


 僕はすぐに帰宅してインターネットで調べてみた。

 横浜情報工芸大学は相武大学リーグの二部に所属しているようで、最近三年間の戦績は真ん中あたりを推移していた。

 とは言え、このリーグの一部にも、野球で有名な大学は無かったので、プロのスカウトが来ることは無さそうだ……


 もっともプロのスカウトが注目するようなリーグだと、僕なんかベンチ入りすら難しいだろうから、このレベルで丁度良いのかもしれない。

 プロにスカウトされなければ、大学を卒業した後どうするのか?

 この大学で学ぶと何になれるのだろう?

 学部を調べてみると工学部と芸術学部があるらしい。

 県展入選で推薦されるなら芸術学部なのか?

 え~…… 芸術家になるのは無理だろう。

 では、父や石津先生みたく美術の教師になるのか?

 今まで考えたことも無かった道だ。


 更に詳しく調べてみると、情報デザイン学科なるものが目に付いた。

 これは良いかもしれない。

 ドルフィンズの球団職員になって、試合やイベントのポスターをデザインしたり、グッズのデザインをしたり、そっち方面を目指すのも有りだ。

 選手のサインを考えてあげたりできたら楽しそうだ。

 実はアレは僕が考えたサインなんだっ!

 って夢が広がるなぁ……


 些か安直ではあったが、僕は横浜情報工芸大学の推薦入試を受けることにした。


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