6.最後の夏
夏に勝つ為にはシード権が欲しい。
シード権を得られればベスト8までは強豪校と当たる確率が低くなるからだ。
春の地区大会でベスト4に残り、県大会で一回戦を勝てばシード校になれる。
僕たちの地区には強豪私立の佐久穂、上田南、古豪・丸子専修館、去年の秋に対戦して負けた上田増尾、最近監督の指導力で頭角を現し始めた小諸工など油断ならないチームが多かった。
何とかクジ運に恵まれて、ベスト4まで行けそうな山に入らないものか……
抽選の日、僕は市内の城址公園の中にある神社にお参りに行った。
その甲斐あってか、二回戦までは比較的楽な組合せになった。
順当にいけば、準々決勝で丸子専修館と当たりそうだ。
準決勝の相手は上田南が有力だろうか?
準決勝で負けても県大会には行ける。
準々決勝の丸子専修館には絶対に勝たなければならない。
一回戦と二回戦の相手は、エース松村を出さなくても勝てそうな相手だったので、僕は監督に先発を直訴した。
松村を疲れさせないことと、専修館に松村の投球を見せないことが狙いだった。
監督もチームの皆も同じ考えだったようで、春の大会は僕が先発で二試合投げることになった。
小学生の頃から野球をやっているけれど、先発のマウンドに立つのは初めての経験だ。
流石に一回戦は緊張してコントロールが甘くなり痛打されることもあったが、そこは菅沼の巧みなリードで相手の読みを外し、なんとか抑えることができた。
二回戦で同じような投球は許されない。
ストレート中心だと力んでしまいそうだったので、練習を重ねてきたナックルを多投してみた。
それが面白いように決まって、僕たちはベスト8に進出することができた。
相手は予想通り丸子専修館だったが、三年生になって初めて先発する松村は絶好調だった。
甲子園出場経験のある古豪を無失点に抑えたのだ。
水野と僕の一・二番コンビの足を絡めた攻撃も好調で、僕たちは丸子専修館を圧倒してベスト4に進出した。
準決勝の上田南戦は惜敗したが、県大会出場権は得られた。
一回戦に勝てば県ベスト8になり、夏はシード校として戦うことができる。
県大会の組合せが決まった。
一回戦の相手は甲子園出場経験がある西海大茅野になった。
勝てばシード権が得られるが厳しい相手である。
そもそも県大会に弱いチームが出場するはずは無いので、何処と当たっても厳しい相手であることに違いは無いのだ。
むしろ相手から見れば、僕たちが弱いチームであり、一回戦の相手が上田染川でラッキー!
と思っているだろう。
多少は油断があるかもしれない。
付け入るならそこだ。
先制して相手を焦らせて、松村が本来の投球をすれば勝機はある。
以前の僕たちだったら、強豪私立が相手だと決まった瞬間に、気持ちで負けていたのだが、地区大会で丸子専修館に勝ったことで、少しは自信が付いたのだと思う。
県大会の初戦は、どちらが強豪校か分からないほど僕たちのペースで試合が進み、危なげなく勝ってしまった。
目標としていた夏のシード校になれた。
あとは何処まで勝ち進められるのか腕試しだ。
失うものは何も無い。
二回戦の相手も強豪私立の長野駒大だ。
この試合は惜しくも負けたのだが、内容はどちらが勝ってもおかしくないほどの接戦になった。
地区大会の上田南戦と言い、強豪私立相手に互角の試合ができるほど、僕たちは強くなっていた。
夏の大会はシード校として戦える。
先ずはベスト8が最初の目標だ。
そこから三勝するのが難しいのだろうが、野球は何が起こるか分からない。
僕たちにもチャンスはあるはずだ。
負けたら終わりの最後の夏、それは高校野球の終わりではなく、僕の野球人生の終わりなのだ。
夏の大会は三回勝てばベスト8進出となる。
春の大会で結果を残した強豪校とはそこまでは当たることはないのだが、僕たちが県大会一回戦で勝った西海大茅野や、地区大会で勝った丸子専修館などはノーシードだから、どこの山に入ってくるのか分からない。
組合せ抽選会は重要だ。
僕は春の大会の抽選前にお参りした神社に、もう一回お願いしに行った。
すると、またしてもご利益があったのか?
ベスト8までは比較的楽な組合せになったのだ。
上田市内の城址公園の中にある神社、つまり全国的に有名な武将・真田幸村に関係のある神社なのだが、これから何かお願いする時はこの神社に来よう。
と心に決めた。
ベスト8から先は、その直前に再抽選する方式になっているので、相手はまだ分からないが、心配するのは僕たちがベスト8進出を決定してからにしよう。大会までの短い時間、僕たちは最後の調整で練習に明け暮れた。
夏の大会は暑さとの戦いでもある。
投手は疲れないように分業制で勝ち抜く作戦で臨むことにした。
春の大会は松村を完全に温存したのだが、負けたら終わりの夏で温存することは無い。
三回戦までは僕が先発して、行けるところまで行って松村に継投する方針で決まった。
投手経験の浅い僕は、投げてみないと調子が良いのか悪いのか分からないところがあるので、ダメな日はすぐに松村に交代するように決めた。
調子さえ良ければ中盤まで僕が投げて、途中から松村に交代する。
僕が不調でも松村が控えているが、松村が不調だった場合が怖い、しかしそこはエースを信頼するしかない。
松村で負けたなら全員納得して終わることができるだろう。
それがエースというものだ。
大会前に考えた継投策がズバリと決まって、僕たちはベスト8に勝ち進んだ。
僕が先発してダメな日は早目の継投の予定だったが、幸いなことに全ての試合で調子は良く、松村の出番が少なすぎるのでは?
と逆に調整不足を心配する声も上がっていた。
そんな心配よりも、これから先の強豪相手に、松村に疲労が蓄積していないことのほうが重要だろう。
三回戦が終わった後に、準々決勝以降の組合せ抽選があった。
そうか、試合の後にすぐ抽選だったか……
神社にお参りに行けないじゃん。
そのせいか、春から好調だったクジ運が尽きたようだった。
次の相手は今年の春の選抜にも出場した、優勝候補の佐久穂大付属に決まった。
佐久穂のエース青木とは一年生の秋に対戦している。
当時は名前も知らない控え投手だったが、甲子園で150キロを計測するまでに成長していて、今では全国に知られる投手になっていた。
あの頃から140キロ出ていたので、二年も経てばそりゃぁ成長するだろう……
僕でさえ100キロから120キロまで成長してるのだから……
って次元が違うか……
それよりも恐ろしいのは、佐久穂のベンチには一年生が一人も入っていない事だった。
佐久穂のセレクションを不合格になった水野は、ウチのレギュラーになっているのに、水野よりも有望との判断で合格した選手が、一人もベンチに入っていないとは……
どれだけ上手い選手が揃っているのだろうか?
強豪相手に名前負けしない自信を付けていたはずなのだが、佐久穂は別格のような気がした。
勝機があるとしたら、佐久穂が僕たちを舐めて、青木を温存して控え投手を先発させるようなケースだろうか?
とは言え、二年前に控え投手だった青木に完璧に抑えられているので、今年の控え投手だって簡単には打てないだろう。
松村が絶好調で佐久穂打線を抑え込まない限り、僕たちに勝ち目は薄いだろう。
三回戦が終了してから準々決勝までの間、三日間の休養日があった。
勿論休養などする訳もなく、僕たちは必死に練習した。
投げるほうは松村に任せて、僕は二番打者として攻撃に専念するつもりでいた。
青木の速球は確かに速い。
しかし九回まで150キロの球を投げ続けるのは難しいだろう。
終盤には必ずスピードが落ちるはずだ。
水野と相談して決めたことは、僕たち二人はヒットは狙わずに、ファールで粘って球数を放らせて四球を選ぶことだ。
出塁できれば足を使って揺さぶる。
バントの構えでダッシュさせて疲れさせるのも良い。
出塁できなくても、青木を疲れさせれば、試合の終盤にチャンスが来るはずだ。
松村の調整も兼ねて、マウンドより少し前から投げてもらい、それをファールするような練習もした。
マウンドより前から投げなくても、松村の速球は走っているように感じた。
対戦が決まった直後は、重苦しい雰囲気に沈んでいたのだが、三日間の練習でそんな空気は吹き飛んだ。
佐久穂を倒せば僕たちが優勝候補だっ!