4.投手・長嶋
そんなある日、学校の近所にあるゲームセンターに、スピードガンで球速を計れるコーナーが新設された。
早速僕らは息抜きも兼ねて、誰の球が一番速いのか勝負しに出掛けたのだった。
二年生エースの先輩は120キロ。サードでレギュラーの先輩は125キロを計測した。
僕と同期の一年生もなかなかレベルが高い選手が揃っている。
城東中でエースだった松村は180センチを超える長身から投げ下ろす速球が武器だ。
秋和中で強肩強打の捕手だった菅沼は、僕らと同学年の中で一番ホームランを打っている。
北部中で鉄壁の守備を誇っていた三木は、打撃は全くダメなのだが、それを補う守備力だけでショートのレギュラー候補だ。
余談だが、三木は男子生徒も振り向く美男子なのだがオネエキャラとしても有名だ。
だからバットを振るのが苦手なのであろう……
三人共、甲子園を狙える私立に進学するのではないかと思っていたが、どうやら僕と同じような理由で染川高校に進学したらしい。
実力者の三人は、先輩に全く見劣りすることなく120キロ前後の球速を記録していた。
ところが僕はというと100キロを少し超えるのがやっとで、この時集まったメンバーの中で最下位だった。
慣れない内野守備の練習で少し肩を痛めている。
とか最もらしい言い訳をしていたのだが、この結果には大いに落ち込んだ。
外野手としての返球能力の低さには気付いたものの、このままではセカンドとしても不味いのではないか?
ファーストに送球するスピードが遅ければ、内野安打を増やしたり、併殺崩れでランナーを残したり、守備力の低さでレギュラーを外される可能性が高い。
僕は内野手の入門書と投手の入門書を買った。
内野手は小さなモーションで手首のスナップを使い素早く送球する技術が必要だが、それと同時に本気で投げた時に、どれくらいの速球が投げられるようになるのか?
投手の基本的な正しい投げ方を研究した。
投げるだけではなく、捕る前の打球に向かうステップやグローブの角度とかも、オネエ三木にアドバイスを求めて取り入れた。
松村・菅沼のバッリテーにも、サインを教えてもらい、球種やコースにより微妙に守備位置を変える工夫もした。
今まで守備に関しては意識が低かったのだけど、冬の間に守備力がレベルアップした実感を得ることができた。
こっそり一人でスピードガンの計測にも行ってみた。
最速は112キロにまでアップしていた。
地道な練習で10キロも速くなったことに満足することができた。
流した汗の分だけ報われたと思った。
二年生に進級して、春の大会のレギュラーが発表された。
セカンドの守備は大分レベルアップしたのだが、キャプテンでもある先輩を超えるまでにはならなかった。
打撃と走塁も含めた総合力ならば、キャプテンを超えているようにも思えたのだが、ギリギリ同じレベルならば、キャプテンをレギュラーから外すことはないだろう。
僕はセカンドだけではなく、外野も守れる便利屋として期待されているようだ。
確かに打球を捕球するところまでなら、内外野どこを守ってもオネエ三木か長嶋か、と比較されていた。
返球の不味さは皆にはあまり気付かれていないようだった。
そんな訳で、僕は完全にベンチを温めることはなく、試合にはちょくちょく出場して、出ればヒットを打ち、出塁すれば盗塁を決め、そこそこチームに貢献することはできた。
チームのレベルは公立校の割には高いと思っていたが、野球に力を入れている私立校と当たると、どうしても力負けしてしまうのが現実だった。
春の大会は同じ市内の強豪私立・上田南に負けて、夏のシード権は得られなかった。
夏の大会を前に、何とかセカンドのレギュラーを奪うべく、守備力向上に猛練習を重ねたが、残念ながら春の大会と同じ立場で迎えることになった。
セカンドの先輩がキャプテンじゃなければ、もしかしたらレギュラーになれたかもしれない……
なんて気持ちもあったが、勝つことを最優先している訳ではない公立校だから、実力以外の要素で決定があっても文句は無い。僕はキャプテンのことを嫌いにならないし、このチームが好きだった。
僕にやれることを全力でやるだけだ。
夏の組合せは強豪私立とは別のブロックになって、少々の期待感はあった。
二回戦でシード校の長野商工と当たることになったが、僕たちは一回戦を戦って緊張もほぐれている。
彼らは最初の試合だし、シード校で負けられないプレッシャーもあるだろう。
上手く戦えば勝てるかもしれない。
しかし、そこは甲子園出場経験もある名門校。
最初の試合なのに全く緊張している様子も無く、むしろ僕たちのほうが緊張して本来の力を出すことができなかったように思える。
結果は大敗ではなかったが、見せ場を作ることもできずに敗退した。
三年生が引退して、いよいよ最上級生としての新チームが発足する時が来た。
僕はセカンドのレギュラーを獲得して、打順も一番を任されることになった。
エースになった松村は、以前スピードガンで計測した時は、120キロ程度のスピードだったが、この時点で最速は130キロを超えるようになっていた。
長身から角度のあるストレートがコーナーに決まれば、130キロ以上の威力を感じる上に、入学してから練習していたフォークボールが実戦で使えるレベルになっていた。
公立校のエースとしては一目置かれる存在である。
秋の大会の組合せも強豪私立とは当たらない。
地区大会でベスト4まで進めば、県大会に行ける。
僕が入学してから初めてのチャンスのように思っていた。
ところが一回戦を順当に勝ったものの、その試合で松村が足を捻挫してしまい、二回戦は投げられそうもなかった。
次の相手は同じ市内の上田増尾高校だ。
文武両道で過去には甲子園出場経験もある強敵だった。
エース不在ではあったが、ここを勝ち抜けば県大会出場が目前だ。
一年生の控え投手だって結構いい球を放っている。
僕ら野手陣が打撃でカバーして全員で勝ち抜こう!
気合充分で臨んだのだが、一年生投手が緊張からストライクが入らず序盤で大量失点してしまい、試合中盤で配色濃厚な展開になった。
「おい長嶋、次の回からお前が投げろ」不意に監督が言った。
えっ? 何言ってんだ、このおっさん。
と思ったが、チームの皆も同じ意見のようだった。
僕が球速アップの為に、黙々と壁に投げ込んでいる様子を、監督もチームメイトも知っていたのだ。
一年前に100キロしか出なかったスピードは、120キロに迫るところまで上がっていた。
どうせ逆転なんて無理だろうから、思い切って投げてやれ!
と開き直ってマウンドに上がった僕は、その後を無失点に抑えて役割を果たした。
しかし序盤の失点があまりにも大きく、秋の大会は二回戦で敗退となった。
このチームは好きだけれど、甲子園出場どころか、県大会の上位に進出することすら難しい。
このままではプロのスカウトは僕の存在など知らずに、来年の秋のドラフトは終わるだろう。
大学に進学して、セカンドとしてプロの目に留まる選手を目指そう。
そう決めていたのだけれど、僕が控え投手として役に立てば、このチームでも県大会を勝ち上がることができるかもしれない。
先のことを考えるならば、投手の練習をするのは無駄なことだとは理解していた。
少し成長して球速が上がったところで、大学野球では投手として通用するはずがない。
そんな時間があったらセカンドとして腕を磨くべきだろう。
でも、このチームで勝てる可能性があるなら、今は少しくらい遠回りしてもいいのかな?
そんな風に思って、冬の間は投手の練習もするようになった。
それまでは内野手としての送球のスピードを上げる一環として、球速に拘って投げていただけなのだが、この冬は投手としてコントロールも重視しつつ、スピードを落とさずに投げられる意識を高めた。
ストレートだけでは通用しない、何か変化球をマスターしたい。
カーブは何とかなったのだが、スライダーは元々球速が無いので、あまりキレ良く曲がらなかった。
フォークは指が短くて無理。
そこで遊びで投げてみたのがナックルだった。
高校生でナックルを投げる投手は少ないと思うが、僕に合っていたのか、なかなか面白い変化をするようになった。
というか、投げた自分にも予測ができない変化をするので、ストライクが入らない。
見せ球としては面白いけれど、試合で使えるかどうかは微妙だと思っていた。