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14.突撃

 ドルフィンズは、今年も逆スタートダッシュに成功して、四月の後半には早くも最下位に低迷するようになっていた。

 それでも熱心なファンは多く、連日弁当はよく売れていた。


 この頃から高校生と思われる元気な少年がアルバイトに来るようになった。

 社交的な性格のようで、初対面の時から元気よく挨拶をしてきた。

 まだ高校一年生らしく、可愛い顔をしていて爽やかな雰囲気があり、選手にも物怖じすることなく元気よく挨拶するので人気者になっていた。


 今日は彼は来てないのか?

 と選手に聞かれたりして、僕はちょっとばかり嫉妬するようになっていた。

 僕だって横浜で生まれ育っていたら、もう少しあか抜けていて、周りを気にすることも無く、社交的な性格になっていたかもしれないけれど、横浜に丸三年住んでいても、やはり田舎者のコンプレックスが抜け切らないのか?

 彼のように誰とでも積極的にコミュニケーションを取ることはできなかった。


 僕は去年からここに出入りしているので、選手の何人かは僕の顔を覚えてくれているかもしれない。

 でも彼はたったの一ヶ月で選手の人気者になっている。

「人気者」とまでならなくても良い。

 僕のことを知ってもうだけで良いのだ。

 でもそれを自然に実行するのは難しいことなんだろうなぁ……


 ある日のこと、大量の弁当をスタンバイして、これからスタンドに出よう。

 というところで、多城選手と通路でバッタリ会った。

 あっあっ…… 何か言わなきゃ…… と思っているところで、後ろから少年の声がした。


「多城さん、こんにちはっ! 今日も打って下さいねっ」

「おぉ。今日もバイトに来てるのか? ちゃんと学校にも行かなきゃダメだぞっ」

 と返事をしながら多城選手はベンチに向かって行ってしまった。

 その様子を見ていて、僕は思わず少年に聞いてしまった。

「君、凄いね。多城選手と知り合いなの?」

「えっ? 別に元々は関係無いですけど、ここで知り合いになりました」

「あ、なるほどね」


 そうなのだ。

 周りの目を気にしている場合ではない。

 でかい声で挨拶していれば、そのうち僕のことを覚えてもらえるに違いない。

 それが多城選手でなくても良いのだ。

 野球と同じではないか。

 先ずは声を出して元気よくプレーしないとっ!

 高校野球をやっていた頃のように、明日から元気よく挨拶をしよう。


 翌日から僕は通用門を入る時から、大きな声で挨拶をするようにした。警備員のおじさん、弁当屋の正社員、隣の部屋のビール売りのアルバイトのお姉さん。すれ違う人全てに挨拶した。最初の頃は、何だこいつ? って反応をされていた感じだったが、そのうち返事をしてもらえるようになった。選手にも積極的に挨拶するようにした。試合前でピリピリしているところ、嫌な顔をする選手も居たが、挨拶をして悪いはずがない。

「こんにちはっ! 今日も頑張って下さいねっ!」

 と毎日元気よく挨拶するようにしていた。

「お兄さん、最近よく声が出るようになりましたね」

「おぉ! 君を見習ってやってるよっ」

 少年とも少し仲良くなった。

 

 そうしてシーズンも終盤になる頃、何人かの選手には「バイトの長嶋君」として名前を知ってもらえるようになっていた。

「イツモオウエンアリガトネ」

 ちょっと変な日本語で声を掛けてくれたのは、今年で来日して十年になり、日本人登録になった呂比須(ろぺす)だった。

 日本暮らしが長いので、大分日本語も話せるようになっているが、アクセントは変だ。


「おぉ呂比須! 今日もホームランお願いね!」

 僕も変なアクセントで返事ができるほどの顔なじみになっていた。

 ここまでは目標達成と言えるレベルの成果だろう。

 それもこれも少年との出会いがあったからこそだ。

 何かお礼がしたかったのだが、九月になると少年はアルバイトに来ることが無くなっていた。

 高校生だから学校も忙しいのだろう……

 

 ドルフィンズは、今年も最下位でシーズンを終えて、横須賀の久里浜(くりはま)球場で秋季キャンプが始まった。

 僕の就職活動はここからが本番だった。

 秋季キャンプは、若手が来季に向けて課題を克服したり、首脳陣にアピールする場。

 といった意味合いが強く、主力選手はシーズンの疲れを癒すことを優先し、参加しないケースが多い。


 しかし多城選手は違った。

 低迷するチームを何とか立て直したい気持ちで、秋季キャンプにも積極的に参加して、若手選手にも指導している。

 今年も来ているはずだ。

 

 グラウンドを見渡すと、ネット裏のスタンド前列に観客が集まっていた。

 多城選手がトスバッティングをやっているのだ。

 僕はその集団から少し離れて、バックネットが切れている一塁側の最前列で多城選手の練習が終わるのを待っていた。

 籠のボールを全て打ち終えて、多城選手が一塁側のベンチに向かって歩き出した。

 観客も同時にこちらに向かって移動し始めた。

 その前にスタンドから身を乗り出して大きな声を出した。


「多城さん! こんにちはっ!」

 ん? といった感じで多城選手がこちらに視線を移してくれた。

「あ、君はバイトのナガシマ君だっけ?」

 僕はこの時の為に用意していた、多城選手のプロ入り初ホームランのボールと交換してもらったサインボールを取り出した。

「多城さん、このボール覚えてますか?」

 そう言ってグラウンドの多城選手にサインボールをトスした。

 それを受け取った多城選手は、ボールと僕の顔を何回か交互に見ながら

「通用口まで迎えに行くから、下に降りてきなよ。少し話しをしよう」

 と言ってくれた。

 

 やった! やった! やった! 遂にチャンスが訪れた!

 僕は全速力でスタンドから外に出た。

 通用口ってどっちだっ?

 キョロキョロ見回していると

「おぉい、こっちこっち!」

 と多城選手が呼んでくれた。


 通用口から一塁側のベンチに入って、多城選手と並んで最前列に座らせてもらった。

 夢のような瞬間だ。

「君が俺の初ホームランをキャッチした子か。今も野球はやってるのかい?」

「はい。横浜情報工芸大学の四年生で野球部です。

 この前、秋季リーグが終わったので、退部届を出して、プロ志望届も出しました!」

「そうか、プロ野球選手を目指して頑張ってくれたんだ」

 それから暫くの間、ドルフィンズが毎年弱くて悔しかった事、多城選手の100号ホームランをキャッチした後輩の水野との出会い、今年のドラフトの最有力選手に成長した、名門・明法大のエース、当時の佐久穂大付属の青木との対戦など、今までの僕の球歴を聞いてもらった。

 ここからが本題だ。


「プロ志望届は出したんですが、ウチの大学にプロのスカウトは一人も来ていません。誰も僕のことは知らないと思います……」

「それじゃぁ社会人野球に進むのかい?」

「違うんですよ。僕はプロ野球選手と言っても、どこでも良い訳ではなく、ドルフィンズに入りたいんです。

 今日は無理を承知で多城さんに僕の球を打ってもらいたくて来たんです。

 他のチームのスカウトには知られてないので、ドルフィンズの最後でいいから、僕を指名する価値があるか、多城さんに見てもらって、ダメなら長野に帰るつもりで来ました」

 図々しくも言ってしまった……

 今では日本を代表するホームランバッターの多城選手に対して、何の実績も無い、無名の大学生の僕が生意気すぎるだろっ!


「ハハハッ! 普通なら相手にしないけど、俺が「プロ野球選手になれるように頑張れ!」ってサインしたことで、君が今まで頑張って来たのだから、俺に責任があるよなっ」

 そう言って、室内練習場が空いているか確認してくれて、若手のキャッチャーを一人呼んくれた。

 

 こうならないか?

 と淡い期待を抱いて、去年からアルバイトしてきたのだが、心のどこかで、そんな甘くはないだろう……

 と思ってはいた。

 でもまさか本当にこんな機会が訪れるとはっ!


 何球か肩慣らしで投げただけで、緊張からか、すぐに汗がダラダラ流れ出てきた。

 心臓はバクバクだから、準備万端である。


「よしっ。準備はいいかな? ストレートじゃなくていいから、君が一番得意な球を投げてみてよ」

 そう言って多城選手が打席で構える。

 僕は一球目からナックルを投げた。

 高校時代から投げている決め球だ。

 それなりに変化はする。

 多城選手は平然と見送った。


 二球目もナックルだ。

 見送ってツーストライク、追い込んだ。

 そして三球目も勿論ナックル。

 これは見送るはずが無い、多城選手のバットが始動した。

 次の瞬間、バットは空を切り三振!

 多城選手は「えっ?」という顔をしてキャッチャーミットを振り返った。


「ありゃ、三振しちゃったよっ。なかなか面白いナックルだね。もう少し投げてもらってもいいかな?」

「はい。多城さんが合格だっ! って言ってくれるまで、何球でも投げますよっ!」

 その後、多城選手に五球投げた。

 僕の球を受けてくれた若手のキャッチャーにも五球投げて、全部空振りになった。

 球を受けた多城選手が呟いた。


「凄いナックルだ。まるでバットを避けるように変化しているよ」


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