第7話 初めてのお泊まり。
「姫も来るよね?」
「ええ。舞のお家久しぶりだわ」
一瞬でも邪な期待をした俺が馬鹿だった。
「そりゃ2人きりの訳ないか……」
と、小さく呟く。それにしても初めて小浦のお宅にお呼ばれするなら、もっと何かしら準備してくれば良かった。
小浦の家は、たまだのすぐ近所だった……なんて事はどうでもいい。その外観は、アニメやドラマでしか目にした事のないクラスの、息を呑むような大豪邸だった。
「あのぉ……小浦さんは、もしかしてお嬢様であられましたか?」
「全然お嬢様なんかじゃないよ。見て分かんない?」
「見たままを申しておるのですが……ちなみにご両親は何を?」
「2人とも医者で、ほとんど家にいないの」
「左様でございますか……納得したでござる」
「青嶋くん、さっきから喋り方変だよ?」
「きっと驚いているのよ。私も初めて見た時は、お城だと思ったもの」
小浦の部屋へ案内されると、2人は風呂に入るといって1人取り残されてしまった。よからぬ妄想をしてしまうが、それについてはきっと俺は悪くない。
部屋の大きさは10畳くらいで思っていたよりは広くなく、一般的な女子の部屋という感じだった。まぁそんなに沢山の女子の部屋に入ってきた訳ではないけれど。
ふと本棚に目をやると、去年まだ仲の良かった頃によく話題に上がっていた漫画本を見かけた。懐かしくなり一冊手に取ってパラパラと捲っていると、途中になにやらメモが挟んであった。
そこには「青嶋くんの好きなキャラ、ヒバリとムラサメ、どっちも巨乳…。男キャラはコジロウ。刀が変身して厨二心をくすぐるって言ってた」と、書かれている。
「確かにこんな会話してた気がするけど、なんでこんなのメモしてるんだ……?」
不思議に思い他の本のラインナップを見ると、少年向けの本はこの作品だけだった。
「まさか小浦、俺と話を合わせる為だけにこの漫画全巻揃えたのか……?」
なんだか見てはいけないものを見た気がして、すぐにそれを元へ戻した。
しばらくして2人が戻って来ると、俺も風呂を借りる事に。ただシャワーを浴びるだけなのに、悪い事をしている気分になるのは何故だろう。浴室に居る間、なるべく目を瞑って素早くシャワーを済ませた。きっとこの気持ちを分かってくれる人は大勢いる筈だ。
「あ、早かったね。バスタオル分かった?」
「俺、早風呂だから。うん、ありがと」
まずい、小浦の目を直視できない……。
「どしたの? のぼせちゃった?」
とてつもなく可愛くていい匂いのする生き物が近寄ってくる。
「いや、大丈夫、大丈夫だから!」
慌てて距離をとり、ノーモーションで深呼吸を挟む。
「良かった。今からトランプ大会だよ!」
「な、なぜトランプ?」
「お泊まり会といえばトランプなんだよ? 青嶋くん知らないのー?」
夜も更けて来たが、俄然元気な小浦はババ抜きをご所望だ。だがここで致命的な欠陥が発覚する。
「また姫の負けー!」
「後藤さん、ポーカーフェイスって知ってる?」
「…………」
後藤さんはプルプルと震えながらしかめっ面で俺を睨んだ。
「姫、罰ゲームの買い出しお願いね?」
「はぁ……なんでジョーカーの位置がバレるのかしら……」
「うん、全部顔に出てた。今度からババ抜きする時、後藤さんは自分の手札見ない方がいいよマジで。流石にこんな時間に1人で外行かせるのは心配だから俺もついていくわ」
「青嶋くん紳士じゃーん。2人ともいってらっしゃい、気をつけてね」
「はいよ」
コンビニまでは、ゆっくり歩いて5分ほど。散歩にはちょうど良い。
「――青嶋君って、舞のこと好きだったのよね?」
「ブハッっ……」
俺は買ったばかりのジュースを盛大に吹き出した。
「なっ、なんだよいきなり!!」
「ごめんなさい。でもこんな風に一緒に遊んでいて、気持ちが再燃したりしないのか気になって……」
「ま、まぁ全くないって言ったら嘘になるけど、俺は去年やれる事は全部やったつもりだし、これ以上自分の気持ちだけを優先させるのは、なんか違うと思ったんだ。だからもう自分の中では、決着がついてる」
「そう……」
「半年以上も前のことだからな」
「じゃあ、もう好きじゃないの?」
「…………うん、好きじゃない」
俺は、嘘をついた。いや、後になって考えれば、あれが嘘だったのかは、正直分からない。でもこの回答が正しいと、信じるしかなかったんだ。
部屋に戻ると、買い出しを頼んだ張本人はスヤスヤと眠っていた。その小動物のような寝姿は、まさにチートだった。
「はぁ、舞ったら……」
「まぁこんな時間だし仕方ないだろ。俺たちももう休もうぜ?」
「そうね」
俺は床で眠っていた小浦に毛布をかけると、一旦その場に腰を下ろした。
「後藤さん、ベッド使わせて貰えよ。俺はそこらへんの床で寝るから」
「そうさせて貰うわ」
――事件は唐突に起こる。
「うぅにゃ……」
小浦が寝ぼけて俺のTシャツの裾を掴む。それは女子とは思えない程の握力だった。小浦の小さな手を強引に剥がすのは、さすがに気が引ける。
「あの、後藤さん。ちょっと助けて欲しいんだが」
「並んで寝ればいいじゃない」
「寝れるかっ!!」
「もう好きじゃないんでしょ?」
「それとこれとは話は別だろ! もし俺が悪い男だったら親友が心配じゃないのか?」
「あなたは悪い男にも、そんな度胸がある人にも見えないけれど」
「あえて反論はしないぞ? なぁ、頼むよ……」
「私もう眠いから……」
俺を無視してベッドに上がろうとする後藤さんの手を掴むと、彼女はバランスを崩し大きな音を立て倒れた。
その衝撃で、俺は後頭部を床に打ちつけた。
「いててて……」
なんだろう。後頭部には硬い床を感じるのに、前頭部及び顔面には、ほのかに柔らかくて、心地よい感触がする。目を開けると視界が暗い。決してわざとではなく反射的に手をそれに当てると、後藤さんの悲鳴が響いた。
――ラッキースケベ。それはアニメや漫画の主人公だけに与えられる天賦の才であり特殊能力……の筈だ。いや、ここは素直に感想を述べよう。後藤さんの胸は慎ましくも、そのほのかな膨らみは特定の層から多くの支持を集めるであろうまさに禁断の果実――
俺の脳内で高速に行われた訳の分からない思考が止む前に視界が開けると、軌道の全く見えない速度の平手打ちが左頬に炸裂し、俺は吹き飛ばされた。
そのおかげで、小浦の手は離れていた。
「あ、ありがとうございました……」
後藤さんは俺に一瞥もくれずにベッドへ上がると、こちらに背を向けて横になった。
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