第6話 打ち上げ花火、並んで見るか、音だけ聞くか。
小浦はあの後、面接を受けると、晴れて俺たちの一員となった。社長と奥さんからも「いい看板娘を連れてきてくれてありがとう」と、言ってもらえた。
やはり可愛いは正義なのだろう。
そんな焼き鳥たまだの1番の書き入れ時は、夏なのだと言う。その理由は毎年7月の終わりに、店からほど近い場所で花火大会が開催されるからだ。この日が1年で1番売上が良いのだとか。当日は店前にも屋台を出して、花火へ向かう人々にビールや焼鳥、焼きそばなどを販売する。
花火と言えばそう……1年前、俺が初めて小浦に告白したのも、何を隠そう、この花火大会なのである。
まさか去年とは違う形で、彼女とこの花火大会をまた一緒に過ごすことになるとは、夢にも思ってもいなかった。
「青嶋くん、焼きそばの補充おねがーい!」
「りょーかい! 今残り何食?」
「もう10食ないと思う」
「オッケ、急ぎで作るから、足りなくなったらとりあえず裏にあるストックから出してくれ!」
小浦は、店前の屋台で売り子を任されていた。そして俺は、人気商品の焼きそばを大きな中華鍋で大量に作り続けていた。手が腱鞘炎になりそうなくらいの重労働だけど、まるで料理人になったような気分が味わえて、嫌いな作業ではなかった。
花火が始まるまでは慌ただしい時間が続いたが、口笛のような音が外から聞こえだすと、店内は少し落ち着いた。
後藤さんが厨房からひょこっと顔を出す。
「しぃ、社長がジュース飲んでいいって」
「じゃあレモンスカッシュで」
「分かったわ」
厨房で小休憩していると、花火の打ち上がる音の間隔が、段々と短くなる。
「花火の音だけ聞くのって、なんか寂しいよな。せっかくなら後藤さんも小浦と売り子が良かったんじゃない? 花火見られたし」
「そう? 私はこれも味があると思うわ。少なくとも家で1人で過ごすよりはずっとマシ」
「そっか。そろそろフィナーレかな。今度は帰ってくるお客さんで忙しくなり――」
「あー! 2人してサボってるー! 社長、給料ドロボーがいまーす!」
厨房に入ってきた小浦が俺の言葉を遮って大声を上げた。
「さ、サボってねーよ、やめろ! 小浦もジュース飲むか?」
「あたしはジュースなんかで騙されないよ、カルピスで」
「飲むんかい」
「ぷはぁっ……。店内は落ち着いてるね」
小浦はまるでビールを一気飲みしたおっさんのような声を出した。
「みんな花火に夢中だからな。小浦も見れたか?」
「綺麗だったよ。でも、せっかく2人と一緒なのに、あたしだけが見てるのはずるい気がしてここに来たの」
「舞は花火好きなんだから気にしなくて良かったのに」
「いいの。花火は好きだけどズルは嫌いだから……」
俺たちは花火が終わるまで、厨房で音だけを楽しんだ。今のはきっとハートマークだとか、今の音は柳だとか、想像を膨らませていた。さっきは寂しいと言ったけれど、これはこれで良い楽しみ方なんじゃないかと思っている自分もいた。
花火が終わり、もう一度ピークが訪れると、あっという間に22時がやってきた。
「今日は流石に疲れたな……もう腕上がんねーわ」
「そうね。私もヘトヘトだわ……」
賄いを食べながら俺と後藤さんが弱音を吐いていると、何故かまだまだ元気な小浦がある提案をする。
「……せっかくだから、やっぱり3人で花火見ようよ」
「見るって言ったってもう終わってるぞ?」
「手持ち花火でいいから、ね? 姫もいいでしょ?」
「どうせダメって言ったって聞かないんでしょう?」
後藤さんはため息混じりに返した。
「さすが姫はあたしのことよく分かってるぅ」
小浦はニヤッと笑うと、勢いよく立ち上がって社長にバケツを借りに行った。
花火大会が終わった後の河川敷は、いつもよりも殺風景に見えた。でも、買ってきた手持ち花火に火をつけると、その場は嘘のように華やかになった。
学園の2大美女と花火をするなんて、両手に花どころか、持て余すくらいじゃないか。2人を見ているだけで、顔が自然と綻ぶ。
「見てばっかりいないで青嶋くんもやりなよー?」
「そうよ、舞がたくさん買いすぎて2人だけじゃ全然減らないわ」
「その言い方だと、姫は早く終わりたいの……?」
小浦が震えた声で俯く。
「ち、違うわ、今のは言葉のあやで……」
「嘘だよー! 泣いてませーん!」
小浦は舌を出して後藤さんを揶揄った。
じゃれ合う2人の様子を見て、なんて微笑ましい光景だろうと思いながらも、俺は去年のことを少し思い出す。
――あの日、友達に頼んで小浦と2人きりにしてもらった俺は、振られた直後、彼女を1人残して走り去ってしまった。今考えると、最低だ。そんな奴とも、またこうして友達として付き合ってくれている小浦に、俺は感謝しなくちゃいけないんだろうな。
ついつい悲観的になってしまったのは、この線香花火のせいかもしれない。3つの小さな火の玉は、静かに土へ還っていった。
後藤さんがバケツを返しに行ってくれている間、俺と小浦は少しだけ2人きりになる。
「今年は……最後まで一緒に花火見られたね」
「え……?」
「去年、青嶋くん途中で帰っちゃったでしょ?」
「あの時は、ホントごめん!」
「いいの。怒ってる訳じゃなくて、去年のフィナーレの花火、すっごく綺麗だったんだ。あたしのせいで青嶋くんがあれを見られなかったのが、ちょっと心残りだったの」
「…………」
俺は本当に、馬鹿で愚かだ。でも、好きになった相手は、間違えてなかった。
「もし機会があったら、今度は本物見ようね!」
「俺なんかで良ければ、お供します……」
「何その言い方? きび団子はあげないよ?」
俺は今の今まで重大なことを忘れていた。
「終電が……ない……」
この地域は車社会の為、終電時刻が非常に早い。あまりにも楽しすぎて、そんな事すっかり頭から抜けていた。
「あたしの家泊まってくでしょ?」
小浦はさも当然かのように、ジュース飲むでしょ的なノリで大胆な提案をしてきた。
「はい……?」
――まさかこれは夢だったのだろうか。
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