第5話 2人の証明写真。
「そ、それは、バイト先で俺がそう呼ばれてるだけで……」
「あだ名で呼び合うくらい仲良くなってたのに、あたしには黙ってたんだ。だからあたしのこと避けてたんだ……」
舞は悲しげな表情を浮かべ俯いた。
「言わなかったのは悪いと思ってるけど、本当に彼とは何もないから!」
「つうか、俺と後藤さんが同じバイト先だったことをなんで小浦に責められなきゃいけないんだよ」
「あなたは黙ってて!!」
姫華が将に怒鳴り声を上げる。
「えぇ……!?」
驚く将には目もくれず姫華は舞を宥める。
「舞、信じて? 私はあなたを裏切ったりしていないわ」
「ホント……?」
「絶対に嘘じゃない。これ以上疑うのなら、私のほうが怒るわよ?」
「分かった……」
小浦はなんとか落ち着いたようだった。なら俺は怒られ損だったのでは? とも思ったが、まぁ良かった。
「ねぇ青嶋くん……」
「なんだよ……」
「そのバイト先、まだアルバイト募集してる?」
「してると思うけど、なんで?」
「2人にやましいことがないなら、あたしが入っても問題ないよね?」
「そ、それは……」
気まずいにも程がある……でもここでもし断ったら……。
「なに? やっぱりダメなの?」
「別に問題ないわよね、青嶋君?」
学園のアイドル2人から向けられた視線に、俺が「NO」と言える筈なかった。
翌日――つまり夏休み初日、俺は休日だったのにも関わらず、半ば強引に小浦の面接に付き添いとして付き合わされる事になり、駅で待ち合わせをしていた。
ただの付き添いとはいえ、学校以外の場所で2人きりで会うのは、約1年ぶりだった。
「お待たせー!」
「おぅ」
「そこは『待ってないよ』とか、『俺も今来たとこ』じゃないの?」
「30分くらい待ったわ」
「ごめんね……?」
素っ気ない態度を繕う俺だったが、この時の内心は「私服の小浦マジ天使、抱きつきたい……」だった。
「履歴書、用意してきたか?」
「うん。履歴書って書くの初めてだったから、めっちゃ緊張したよー。でも証明写真まだ撮ってないから、ここで撮ってきちゃってもいい?」
俺たちは駅の構内にある、証明写真機まで向かった。小浦が中に入ると、すぐに中から声が聞こえてくる。
「青嶋くーん、これどうやるか分かんないからちょっと入ってきてよ!」
「女子ってプリクラとかでそういうの慣れてるんじゃねーの?」
「だってプリクラと全然違うんだもん!」
「仕方ねーなぁ……」
俺が中に顔を入れると、思ったよりも近くに小浦が居て、慌てて目を逸らした。
「どの設定にすればいいの?」
「横からだと画面が見えにくいな……」
「入ってくればいいじゃん」
「どこにそんなスペースがあんだよ」
わざわざ見渡すまでもなく、空いているスペースはない。そりゃそうだ、プリクラと違って1人で撮る用に作られているのだから。
「ここ!」
小浦は自分の膝の上を両手で叩いた。真っ白な背景も相まって、彼女の顔が赤くなっているのがよく分かる。
「ばっ、バカお前、なに言ってんの?」
「だって……今の青嶋くんを外から見たら、証明写真撮ってる人に絡んでる人みたいに見えるよきっと……!」
「だからって、それは恥ずかし過ぎるだろ……」
「遠慮しないでいいから! 早くしないと面接に遅刻しちゃうじゃん!」
俺の手を強く引く小浦に、まんまと膝の上に座らされてしまった。
小浦の表情が見えなかったから、俺の心臓の鼓動が聞こえていないか心配だった。太ももの裏から感じられる彼女の感触は、お笑い番組で高く積まれたあの座布団よりも、よほど価値があると感じざるを得なかった。
「お、重くないか……?」
「うん、大丈夫……」
俺はさっさと設定を済ませようと、液晶を操作すると、背後から音を立ててグリーンバックのカーテンが降りてくる。
「うぉっ……!」
「えっ……!」
驚いて振り返ると、真っ赤になっていた小浦の顔と至近距離で目が合う。
――まるで、時間が止まったみたいだった……。
彼女と知り合ってから、こんなにも近くで見つめ合ったことなんてない。その瞳には驚いた自分の顔が映り、そのまつ毛は長くて綺麗なカールをしていて、唇には艶があってふっくらとしている。このままずっと……見ていたいと思った。
その幻想を打ち破るかのように、突如としてカウントダウンが始まる。
「あ、ヤバ! 早く出ないと……」
だが時すでに遅し――俺のアホ面と、驚いた小浦のツーショットが液晶に表示された。
結局この後、もう一度撮り直して、2回分お金が掛かってしまった。証明写真は意外と安くはないのだ。
「ごめん小浦、1回目の金は俺が払うよ」
「ううん、いいの。これも思い出だから、あたしが貰っちゃうね?」
「どうすんだよそんな写真」
「履歴書に貼っちゃおっかな……?」
横から将を覗き込み、おちょくったような笑みを向ける舞。
「俺がここまで来た苦労を無駄にする気かよ?」
「嘘だよ……そんなもったいないことしない……」
舞は証明写真を大事そうに胸に抱えて、将には聞こえない声量で呟いた。
「え? なんて?」
「あの時エッチなこと考えてた青嶋くんをゆするネタにするって言ったの!」
「なっ……そんなこと考えてねーよ!!」
「ホントにぃー?」
まるで子供相手に語りかけるような小浦に、俺はこいつには一生敵わないと思わされた。
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