第48話 看板娘と看病娘。
11月も中旬を迎え、文化祭まで残り1週間を切った。
出店の場所は公平を期すためにくじ引きで決められたのだが、小浦のくじ運の強さで中庭でも目立つ好立地に割り振られた。
「青嶋くん! 美術部のみんなが協力してくれて、看板が出来たよ!」
小浦の呼びかけで顔を上げると、店名が大きく書かれた見事な看板を美術部の男子生徒が数人がかりで持ち上げていた。彼らにも自分たちの準備があるだろうに、小浦に頼まれて断れなかったんだろう。
「インパクトあってすごくいいな!」
「いいお店にしようね?」
「小浦はここでも看板娘だな……」
「それ、褒めてるの?」
「もちろん……」
「青嶋くん、なんか顔赤くない?」
「そ、そうか……?」
実を言うと、俺は体調があまり優れなかった。連日の文化祭準備と、バイトのシフトを多く入れていたことがたたって、今朝から少し熱っぽかった。
「おでこ貸して?」
「いいって、大したことないから……」
「もし倒れられたら、こっちが困るの!」
小浦の気迫に負けて俺が首を垂れると、彼女はひんやりとする手を額に当てた。
「やっぱり、熱あるよ」
「このくらい、すぐ治るよ」
「あたし、これでも医者の娘だよ? 無理はさせられません」
保健室まで連行されると、保険の先生から今日は帰った方がいいと言われてしまった。
「ごめん、大事な時に……」
「大丈夫だよ。もうほとんど準備は終わってるし、ゆっくり休んで早く治してね?」
帰りに病院へ寄ると、人に移すような病気ではなく、疲れからくる風邪だろうという診断を受けた。数日休めば良くなると言われたが、その数日が今の俺には致命傷だ。とにかく一刻も早く治さないと……そう思って何か食べようと冷蔵庫を開けるが、何もない。うちの親は共働きで他に頼る人もいなかったから、美波へ学校帰りに何か食べ物を買ってきてくれとメールをして眠った。
どうやら体調が悪化したようで、ぐっすりと深く眠っていた俺は、インターホンの音で目が覚めた。
「どちらさまですかー……?」
扉を開けると、ビニール袋を持った小浦が立っていた。
「きたよ?」
「来たって、なんで……?」
「はあ? 青嶋くんが言ったんじゃん。食べ物買ってきてくれって」
慌ててスマホを確認すると、俺は間違えて、小浦にメールを送っていた。
「ごめん、美波に送ったつもりだった……」
「……なーんだ、せっかくあたしを頼ってくれたのかと思ってたのに……喜んで損しちゃった」
「でも遠くまでわざわざありがとう。散らかってるけど、上がってくれ……」
俺の部屋に入った小浦は、棚に飾ってあるヒバリのフィギュアを見て微笑んだ。
「ホントに飾ってくれてたんだ……」
「毎日行ってきますって言ってる」
「それはちょっとキモイかも……」
「たぶん今熱上がったぞ」
「冗談だよ。何なら食べられそう? 色々買ってきたけど」
小浦が持っていたビニール袋は、食材とスポーツドリンクでパンパンだった。
「ありがとう、助かった。おかゆとかある?」
「うん。じゃあ温めてくるから、キッチン借りるね? 青嶋くんはゆっくり寝てて?」
一度来たことがあるから、小浦は俺が案内せずとも一人でキッチンまで向かった。しばらくすると、水の流れる音やレンジの音が聞こえてくる。心地の良い音だった。
次に部屋の扉が開くと、小浦はエプロンをしていた。
「エプロンどうしたんだ?」
「文化祭の時につけようと思って、鞄に入れてたんだ。似合ってる?」
小浦は見せびらかすようにクルっと一回転してみせた。
「すごく……」
彼女はニヤッと、嬉しそうに笑った。
「ふふーん、おかゆ出来たよ? 起きられる?」
起き上がった俺がおかゆの載ったお盆を受け取ろうと手を伸ばすと、彼女は首を横に振る。
「もちろん、あたしが食べさせてあげます」
「ちょっと待ってくれ、余計に熱上がるって……」
「もし溢しちゃったら大変だもん」
レンゲですくい、吐息で入念に冷ましたおかゆを向けてくる天使。
「なんか、体育祭を思い出すな……」
「そうだね、あと海も……」
「やっぱ小浦もあれ、意識してたのか?」
「違うよ! 今のなし! はい、あーんして!」
強引に口へ運ばれたおかゆによって、それ以上の口答えは出来なくされてしまう。
おかゆを無事に食べ終わると、小浦は洗い物までしてくれた。
「何から何まで、ホントありがとな……」
「その分、文化祭で頑張ってもらうからね?」
「寝てる間もイメトレしておくよ……」
「そこはゆっくり休んでよ」
そこへ学校から帰ってきた美波が、部屋の扉を勢いよく開いた。玄関に靴があったから、誰が来てるのか気になったんだろうと予測できた。
「え、おにぃなんで寝てるの? 死ぬの?」
「勝手に殺すなよ」
「美波ちゃん久しぶり。青嶋くん風邪引いちゃったんだ」
「マイちゃんが看病してくれたの?」
「あたしはただ様子を見に来ただけだよ」
「おにぃ、ちゃんとお礼言った?」
「お前はオカンか……ちゃんと元気になったらお礼はするつもりだよ」
「青嶋くん、それ詳しく」
「えーと、じゃあ……飯奢るよ」
「2人きり……?」
「それがいいなら、そうする」
小浦はもはや隠す素振りすらなく、素直な表情を見せた。
「やったぁ。じゃあせっかくここまで来たし、美波ちゃん、あたしと遊んでくれる?」
「うん、いいよ。何する? アニメ見る? ゲームがいい?」
あからさまに嬉しそうな高い声を出す美波の肩へ手を置いて、小浦は返す。
「じゃあうるさくならないように、音量小さくしてアニメ見よっか?」
「それなら、ミステリーでいいのがある」
「青嶋くんはちゃんと寝てね? あたしたちは今から女子会だから……お休みなさい」
果たして飯を奢るくらいで返しきれるのか分からない恩を、また積み重ねてしまった。でも小浦舞は、俺には決して弱みを見せてはくれない。いつか彼女が、俺に助けを求めてくることはあるのだろうか。そんなことを考えながら、俺はもう一度眠りについた。




