番外編 【青嶋美波15歳】
わたしは青嶋美波。今年の春、晴れて高校1年生になった。最近、わたしの身体がおかしい。別に体調は悪くないのに、心臓がドクドクする瞬間が多い。原因は分かってる。隣の席でいっつも寝てて、よく先生に怒られてる男子。特別かっこいい訳でも、スポーツができる訳でも、勉強ができる訳でもない。わたしはこんな冴えない奴に、恋をしてしまったかもしれない。
そいつの名前は『北村 赤也』。初めて喋ったのは、入学式の日だった。
「オレ北村、よろしくな」
「青嶋美波……よろしく」
「……北と南って、俺ら真逆だな!」
字違うし、何言ってんだこいつって思った。挨拶をしたら、すぐに机に突っ伏して眠ってしまった。この時の馬鹿面な寝顔が、少しおにぃに似てた。変な奴の隣の席になってしまったけど、席替えまでの我慢だと思うことにした。
わたしには、今年から大学生になったおにぃがいる。サークルとかバイトとかで、最近は全然構ってくれなくなった。あと、すっごい美人の彼女がいる。でも、その彼女よりもわたしの方がおにぃのことを好きだって、今でも思ってる。でも、ブラコンじゃないよ?
今日は、待ちに待った席替え当日。わたしはくじを引いて絶望する。席替えの意味はなく、また北村と隣同士の席になってしまった。
「青嶋、また隣だな、よろしく~」
これから気温も高くなるのに、この体温の上昇に耐えられる気がしない。なんでこんな奴のことを気にするようになってしまったのかと言うと……それは、入学してすぐ、クラスの親睦会でカラオケに誘われたのがきっかけだった。
その親睦会をしたのは今から3か月くらい前、クラスでカースト上位の男子が、いきなり声をかけて来た。
「青嶋さんも懇親会くるでしょ?」
本当は断ろうと思ったけど、中学の時も似たような誘いを断って、輪に入り辛くなった事があったから、今回は参加することにした。わたしはあんまり、大人数が得意じゃない。
「北村も来るよな?」
「おう、行く行く~」
カラオケボックスに入ると、ほぼクラス全員が揃っていた。……友達作りってなんか、戦争みたい。教室内での自分の領地を確保するために、みんな必死だ。大して仲良くなりたいなんて思ってないくせに、気を使ったり、いい顔したり、話を合わせたり。それって本当に、意味、あるのかな。
確かにわたしだって一人は寂しいし、それが苦で学校に行けなくなった時期もあった。でもだからって、無理やり友達を作ろうなんて、思わない。本当の友達って、なろうと思ってなるんじゃなくて、気付いたらなってるものなんだと思う。これは昔、おにぃが言ってくれた言葉だけど……。
「青嶋さんは歌わないの?」
「うん、いいや。あんまりカラオケとかこないから」
嘘をついた。カラオケは好き。でもコアなアニソンしか歌わないから、どうせ馬鹿にされる。
「え~意外。青嶋さん髪明るいし、もっと遊んでるのかと思った!」
こういう見た目で判断する奴は論外。絶対仲良くなれない。
「じゃあ俺、先に歌っていい?」
そう言って北村は、わたしが受け取りを拒否したデンモクを奪った。何を歌うのかと思っていたら、あろうことか、わたしの大好きなアニソンを入れやがった。歌自体は下手でも上手くもなくて、普通だったけど、やっぱりマニアックなアニソンを選曲したことをクラスメイトにイジられていた。でもこいつは、嫌な顔ひとつせずに「好きなもんを好きって言って何が悪いんだよ~」と、反論していた。このセリフは、わたしに向けられてる気がした。自分の好きなものを、大きな声で自信を持って言える北村を、羨ましいって思った。わたしも、周りの目を気にして自分の領地を守ろうとしている一人なんだって、気付かされてしまった。
それから、北村がどんな人間なのか気になって、わたしは観察を始めた。
基本的に1限目から寝ている。お昼ご飯はいつも購買でパンを買い、屋上で一人で食べて、食べ終わると横になって眠る。午後の授業も変わらず寝る。寝るか食うかしかしてない。でもその理由は、放課後に家まで後をつけた時に分かった。
北村の家は、外から見ただけで分かるくらい、すごくボロかった。すぐに家から出てきた北村は、コンビニに向かった。しばらくすると、制服に着替えた北村がレジに立ってた。次の日、同じ中学の子に話を聞いたら、北村は6人兄弟の長男で、父親はおらず、中学時代から新聞配達とかのアルバイトをしてるらしい。
だからわたしは、本人に直接聞いてみた。
「北村って、いくつバイトしてんの?」
「コンビニと新聞配達と居酒屋と、学校には内緒で知り合いの解体業者を手伝ったりしてるけど」
「そんだけ働いて、いつアニメ見てんの?」
「深夜とか朝方? もしかして青嶋もアニメ好きなのか?」
「うん……」
「もっと早く言ってくれよ! 今期は何見てる?」
こうやって、少しずつ話すようになった。話せば話すほど、この症状は重くなる。意識しないでおこうと思っても、自然と目で追ってしまう。北村と話していると、心臓がいつもよりうるさい。この状況から、やっと抜け出せると、思ってたのに……。これが、恋、なのかな。
学校から帰ると、おにぃが家にいた。
「珍しいね、夕方にいるの」
「あぁ。今日はバイトもサークルも休みだし、久しぶりに家でゆっくりしようと思ってな」
「舞ちゃんと姫ちゃん元気?」
「元気過ぎるくらいだよ。そういえば、今年も一緒に海行こうって言ってたぞ?」
「うん、行く……」
「……なんかあったか?」
「もうおにぃに、チューできなくなった……かも」
「おい、誤解を招くような言い方はやめろ」
「だって、いっつもチューしろって」
「冗談で言ってただけだろ、それに彼女が出来てからは言ってないぞ?」
「そうだっけ」
「でも……美波からそんな話が聞けるとはな。どこのどいつだ? 俺が一発ぶん殴りに……」
「そんなことしたら、おにぃとは一生口きかない」
「……少し寂しい気もするけど、まぁなんかあれば相談しろよ」
「おにぃよりも、アリナちゃんに相談する」
「そうだな……確かにアイツの方が適任かもな。こうやって兄離れが進んでいくのか……」
「もともとそんなにベタベタしてない。おにぃが妹離れしてないだけ」
「嘘つくなよ。ちょっと前まで寂しくなったら俺の布団潜り込んでたくせに」
「中学生の時の話はいい……あれは黒歴史だから、みんなに言ったら殺す……」
「分かってるって。なぁ美波、学校……楽しいか?」
「うん……楽しいよ」
「ちょっとこっちにきたまえ……」
「チューする気でしょ。行かない」
「バレたか」
「……おにぃ」
「どうした?」
「もし、これが恋だったとしても、もっとおにぃと話したい。遊びにも行きたい。今なら、彼氏に間違われても、いいよ……」
「……じゃあ、今からファミレスでも行くか?」
「ゆっくりしなくていいの?」
「いいんだよ。むしろ、なんでも遠慮せずに言ってくれ。お前にこれから何人の彼氏が出来るのかは知らないけど、お前の兄ちゃんはずっと俺だけなんだからな?」
「そっか。そうだね……」
おにぃは、やっぱりおにぃだ。恋をしても、彼氏が出来ても、大人になっても、おにぃとは、ずっとこのままがいいって思った。




