第35話 ホントはね。
「なに……この豪邸……」
舞からのSOSの電話を受けた愛里那は、全速力で小浦邸へと足を運んだ。気圧されながらも恐る恐るインターフォンを押す。
「はい……」
「舞? ウチだよ」
「今、開けるね……」
機械音と共にゲートが開くと、玄関まではまだ少し距離があった。よく手入れが行き届いた庭園に目を奪われながらも、真っ直ぐに歩いていると、先に扉が開く。目をパンパンに腫らした、この世の終わりのような表情を浮かべた舞が、ゆっくり近づいてくる。
「舞、もう大丈夫だよ。ウチが話聞くから……」
「愛里那ちゃん……あたし……」
「おいで……?」
愛里那が両手を伸ばすと、舞はそこへ飛び込んで、大声で泣きじゃくった。こんなに酷い泣き顔は、姫華にすら見せたことがない。自分の醜い姿も、情けない泣き顔も、愛里那なら全て受け入れてくれる気がした。決して比べている訳ではない。深く入り組んでしまったこの状況においては愛里那こそが、唯一の適任者だったと言えるだろう。
「大丈夫、大丈夫だよ……」
「あ、あり、な、ちゃん……あ、あたし、どう、じてい、いか、わがん、ない゛……」
「大丈夫。ウチがいるよ……泊まるつもりで、着替えも持ってきたから……」
「あ、あり、がと、う゛っ。なんで、かな……あだし、もう、あおしま、ぐんに、あえ、ないぃ……」
「将に何されたの? 事と次第によってはアイツを殺してウチも死ぬ」
「ち、違うの、あお、じまくん、は、わるく、な゛い……あだし、が、ぜんぶ、わ゛るいのっ……」
「分かった。落ち着くまで、とりあえず全部吐き出しな? いつまででも待つから……」
嗚咽まじりの舞の言葉を小一時間の間、愛里那は優しく腕の中で受け止め続けた。その甲斐あって、舞は大分落ち着いて、体の震えも収まってきた。
「そろそろ中、入ろっか」
「うん……ごめんね、いきなり泣いちゃって……」
「ううん。おかげでだいたい何があったか分かったし」
舞の部屋へ通されると、愛里那は意味もなく部屋をうろついた。
「舞らしい部屋だねー」
「そうかな。今お茶淹れてくるね……」
「そんなことしなくていいよ。もう冷えちゃったかもしれないけど、ココア買ってきた」
愛里那がビニール袋から缶を取り出すと、舞はまた、涙目になる。
「え、どしたの? ごめん、ココア嫌いだった?」
「……違うの、好き。じゃあ、あっためてくるね」
「一緒にいくよ」
「ありがと」
キッチンでカップに移したココアをレンジにかけている間、舞がボソッと呟く。
「青嶋くん、あたしのこと探してるかな……ココア買ってきてって言った後、そのまま逃げてきちゃった……」
「将にはさっき、ウチから連絡しといたから大丈夫だよ」
「なんて言ってた……?」
「今はそんなこと気にしないの」
「分かった……」
再度部屋に戻ると、甘ったるいココアを飲みながら、舞は改めて先ほどの出来事を愛里那に語った。
「そっか……てっきり将はまだ舞に未練タラタラなのかと思ってた」
「全部、あたしの思い上がりのひとりよがりだったみたい……」
「でも、やっぱり気に食わない。次会ったら絶対殴る」
「それはヤダよ。青嶋くんは悪くない……」
「……それで、舞はどうすんの?」
「どうするって……もうどうにもなんないよ……」
「前、ウチに言わなかった? 1回振られたくらいで諦める必要なんかないって。舞は1回でも振られたの?」
「でも、振られたのと同じだよ……」
「へぇ、あれは口だけだったんだ」
「違うけど、だって、その好きな相手が姫なんだよ?」
「だから?」
「もし姫も青嶋くんのこと好きだったら、それを邪魔するなんて、できないよ……」
「その姫って子が、将を好きだって言ったの?」
「それは、聞いてないけど……」
「もし仮にその子が将を好きだとしても、ウチにはそれで舞がアイツを諦める理由になるとは思わない」
「でも、もしそれでみんなバラバラになっちゃったら、その方が最悪だよ」
「じゃあ自分の心押し殺して、友達と好きな人にいい顔するのが舞の幸せなんだ?」
「愛里那ちゃん……さっきからなんでそんな酷い事ばっか言うの……?」
「ごめん、ちょっとムカついた」
愛里那は、そっぽを向くように舞から視線を外すと、高級感のある真っ白なローテーブルを、苛立ちを抑えるように人差し指でトントンと叩いた。
「怒らせちゃって、ごめん……」
「ごめん、舞に八つ当たりしてるだけで、本当は自分にムカついてるのかも」
「どうして?」
「ちょっと前の自分を見てるみたいだったから……かな」
「どういう意味?」
愛里那は、数秒悩んだ結果、舞を信用すると決めた。もしもこれで彼女が自分と今まで通り接してくれなかったとしても、それを受け止める覚悟を決めたのだ。
「ホントはね、ウチ、女の子が好きなんだ」
「え……? でも、じゃあ、青嶋くんは?」
「普通の女子になろうって、自分と将に嘘ついて付き合ってた。最低でしょ? 軽蔑していいよ?」
愛里那は、まだ舞と目を合わせようとはしない。どんな表情をしているのか、怖くて仕方がなかった。彼女の想い人を裏切っていたのだ。叩かれてもおかしくはないと思っていた。
「しないよ……ごめんね愛里那ちゃん、あたし、何にも知らないのに、あの時無責任なこと言っちゃった……」
想像とは違う返答に、驚きで目線を前へと戻す。そこには、今一番辛いはずのいたいけな少女が、既に枯れていてもおかしくない涙を自分の為に流しながら、こちらをジッと見つめている姿があった。
「なんで、舞が泣いてるの?」
「だって……」
「ごめんごめん、ウチが強く言いすぎた……」
愛里那は立ち上がって、舞を背後から抱きしめた。彼女の目からもまた、透き通った雫が頬を伝っていった。
2人はひとしきり泣くと、隣同士に座り直し、また話し始める。
「……ウチはさ、前話した好きな人に、男の子が好きだって振られたんだ。こんなの、もうどうしようもないじゃん。だから舞には、ウチの分まで頑張って欲しい。だって1度は、将は舞のことが好きだったんだから。そんなの超脈アリじゃん。ウチからしたら羨ましくてしょうがないよ」
「うん……でももし、これで姫との仲が悪くなっちゃったら、どうすればいいのかな」
「それは、その時考えればいいんじゃない?」
「ひどいよ、いきなり他人事?」
「……もしもの話をする時は、良いことだけ考えなきゃ損だと思わない?」
「愛里那ちゃん、今の名言かも……」
「そう? やっぱウチもってるなー」
「今ので減点します」
「あちゃー」
――2人は今日、顔を合わせてから、このとき初めて笑い合った。
「あたし、まだ諦めなくてもいいんだね……」
「むしろ今からが本当の勝負だって。舞はまだ何も失ってなんかない。なら、みんなが笑っていられる結末を探した方がずっと幸せだよ」
「今日の愛里那ちゃん、名言製造機だ」
「舞……ありがとね」
「お礼を言うのはこっちだよ。愛里那ちゃんに相談して良かった」
「じゃあ今日は一緒に寝よっか?」
愛里那は含みのある笑みを向ける。
「何もしない……?」
「大丈夫大丈夫、ちょっとイタズラするくらいで我慢しとくからさ……」
「なにそれ、あたし初めては青嶋くんて決めてるからね?」
「お、言うようになったね舞」
彼らの青春物語は、どうやらもう少し続くみたいだ。彼ら3人の間にある恋愛感情と友情は、まるで睨み合って動けなくなる、三竦みのような関係である。ひとつ言えるのは、これらには強弱はあれど、優劣は存在しないということだ。愛里那の言葉を借りるならば、皆が笑顔になれる結末を、彼ら3人が見つけられることを切に願うばかりだ。
あとがき。
ここまで「サンスクミ」をご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。
今回の第35話をもちまして第2部『新学期』が終わり、残すところ最終第3部のみとなりました。
ここまで連載を続けられたのは、ひとえに読者の皆様のおかげです。今まで読んで下さった方全員に深く感謝しています。
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改めて、今後とも「サンスクミ」をどうかよろしくお願いいたします。




