第33話 修学旅行3日目。(後編)
長時間並んだ甲斐あって、このアトラクションはとても刺激的でもう一度乗りたいと思うくらい楽しかった。でも、もうひとつのミッションは未だに完了していない。俺は次の指令をスマホを握りしめながら待っていた。
「小浦、次は何に並ぶんだ?」
「次はお化け屋敷だよ~」
彼女は含みを帯びた笑みを浮かべている。すぐに右手に振動が伝わった。届いたメールには「姫は怖いのが苦手だから、『お化け屋敷でリードして好感度アップ作戦』だよ。青嶋くん頑張って!」とある。よくこうも次から次へと作戦を立てられるもんだと感心していたが、ここでひとつ問題が。実は……俺もお化け屋敷が得意ではない。せっかく彼女が考えてくれた手前、そんな野暮な事を言える訳もなく「了解」と返信した。
小浦の考えた作戦はこうだ。4人一緒に入場はするが、途中で小浦と竜が居なくなり、怖がって震えている後藤さんを俺が助けリードしてあげるのだ。この作戦が成功して今まで募った不信感を全て払拭出来れば嬉しいのだが。
「ここも2時間待ちか……」
なんでこの人たちは、わざわざ怖い思いをする為にこんなに長い列へ並ぶのだろう……。
「また、ワードウルフする……?」
「いや、俺は遠慮しておくよ……」
せっかく用意してくれたのに、ごめん……。
今回の待ち時間は、皆それぞれで時間を潰した。竜はスマホで漫画を読み、小浦と後藤さんはお土産について話をしている。俺はというと、「お化け屋敷 攻略法」と検索して、ひたすらに有識者の情報を集めていた。意外に早く時間が経ち、予定よりも早く入ることができた。その理由は、怖すぎて途中離脱する人が大勢いたかららしい。有識者によると、ここのお化け屋敷は全国でも3本の指に入るクオリティなのだという。
遠くから眺めているだけでも迫力があった建物は、近くで見ると余計に不気味だ。このお化け屋敷のテーマは廃病院で、なんとコースの全長は900メートルもあり、所要時間は驚きの50分。入場前に軽い説明を受けただけで失神しそうだった。
「なぁこれホントに入るのか……?」
「ここまで来てなに言ってるのー? ……それに、青嶋くんには特別任務もあるでしょ?」
小浦がセリフの後半だけ小声になり口元を隠していたから、後藤さんはキョトンとしていた。
「……そ、そうだな。覚悟決めるよ」
暗い建物内へ入場すると、消毒液の匂いがした。ここまで作りこんでいるとは脱帽だ。すると、ロビーのテレビから映像が流れだす。この病院の身の毛もよだつ裏話的なストーリーに、今にも失禁しそうだったがなんとか持ち堪えた。
「すごく本格的だね~。じゃあ、進もっか……」
最初の部屋へ進むと、遠くから悲鳴が聞こえる。
「ひいっ……! な、なんだ今の悲鳴……!」
「ちょっと青嶋くん驚きすぎだよ! こっちまでビックリするじゃん!」
「ご、ごめんっ……後藤さんは大丈夫か?」
「……それ、私じゃないわよ」
俺は振り返って声をかけていたが、後藤さんの返事は進行方向から聞こえた。……まさかとは思ってそれをよく見ると、包帯でぐるぐる巻きのミイラ男だった。
「ぎゃぁあああ!」
俺は思わず竜に抱きついてしまう。
「オイ離せ気持ち悪い!」
「青嶋くん、ホントに大丈夫なの?」
「が、頑張ります……」
「じゃああたしたち、先に行っちゃうからね? 姫を置いていったりしたら許さないから!」
「はい……」
「あなたたち、さっきから何をコソコソ話しているの?」
「な、なんでもない! 後藤さん、怖かったら言ってくれよ? 腕くらい貸すから」
「さっきから怖がっているのはあなたの方じゃない。あれ、舞たちは……?」
後藤さんと俺はキョロキョロと周りを見渡したが、既に2人の姿はなかった。
「はぐれちまったみたいだな……。でも大丈夫、後藤さんには俺がついてるから」
「それが一番不安なのだけれど……」
「そ、そんなこと言わずに頼ってくれていいからな……」
怖がる俺を横目に、ずんずんと歩を進める彼女に違和感を感じた。
「後藤さんて怖いの苦手なんじゃ……?」
「舞から聞いたの? 心霊スポットとかは大嫌いだけれど、人工物って分かっているものはそんなに怖くないわ」
どうやら下調べに定評のある小浦さんは、大きなミスを犯したようだ。これじゃあ完全に俺の情けない姿を見せるだけじゃないか。
「青嶋君は、苦手みたいね」
「あぁ……頼りなくてごめん」
「ふふ……」
「おい笑うなよ! 俺なりに頑張ってリードしようとしたんだから……」
「意外と、可愛いところもあるのね……」
「なんだよそれ!」
「鞄の取っ手くらいなら、貸してあげましょうか……?」
「遠慮しとく、と言いたいところだけど、もしもはぐれたら発狂しちまいそうだからお言葉に甘えてもいいか?」
「ええ。私もまったく怖くない訳ではないから……」
俺たちは後藤さんのスクールバッグの取っ手を片方ずつ握って、その後のコースを巡った。怖すぎてほとんど記憶に残ってはいないけど、鞄の取っ手を握っていただけで、どこか彼女と今まで以上に通じ合えた気がした。
出口が見えたから、名残惜しいけれど鞄から手を離す。
「あ、出てきた、どうだったー?」
「もうめちゃくちゃ怖かったよ」
「すごく良く出来ていたわね」
それから昼食をとったり園内をブラブラして少し日が落ちてくると、小浦は手を大きく広げて一方を見つめた。
「最後はやっぱり、みんなで観覧車だよねー!」
あまり人気がないのか、観覧車はそんなに並ばずとも順番が回ってきた。
「お客様は何名様ですか?」
「4め――」
「2名です!」
小浦は俺の言葉を遮って視線を送る。その目は「最後の作戦だよ」と、伝えているようだった。
「ちょっと舞、一体どういうこと?」
「ごめんね姫、石子くんに相談したい事があるんだぁ」
「お客様、どうなさいますか?」
「じゃ、じゃあ後藤さん、係の人の迷惑になるからここは2人で乗ろうぜ?」
「わ、分かったわ……」
扉が閉まり密室になると、不思議な空気が漂った。これは、小浦の家から帰っていた時と似ている。あの時と同じで、俺たちは今回もほぼ同時に話し始めた。
「あのさ……」「あの……」
「なに?」
「青嶋君からでいいわよ……」
「じゃあ、昨日はごめん。本当にわざとじゃないんだ」
「分かっているわ、怒ってもいない……。ただ、少しビックリしただけ……」
「良かった、今度こそ本当に嫌われたと思ってたから……」
「嫌いになんて、なれる筈ない……」
「え……」
「私こそ、助けてくれたのに酷いこと言ってごめんなさい。あまり男の人に触れられた経験がないから、動揺していたの……」
俺は、夕日に照らされた彼女の表情を見て、遂に気付いてしまった。――いやそうじゃない、もう認めざるをえないところまできてしまったんだ。
「……仲直りって、思ってもいいか?」
「私たち、喧嘩なんてしていたかしら……?」
「そ、そうだな……」
「そろそろ、頂上ね……」
俺は、てっぺんから見える外の景色よりも、それを見つめる彼女の横顔に、いつまでも目を奪われていた。
一足先に地上で2人を待っていると、俺たちの次のゴンドラから降りてきた小浦と竜の雰囲気が、さっきまでとは違うように見えた。その瞬間、俺の中で全てが繋がった。小浦は、竜が好きなんだ。そう考えれば、今までの事にも説明がつく。修学旅行の最後にとんでもないことに気付くも、俺は数日の寝不足を取り戻すように、帰りの新幹線ではぐっすりと眠った。
無事に地元へ戻ってきた俺たちは、駅で各自解散となる。気付いてしまったからには、このまま知らないフリはしたくないし、約束もしたから、彼女にこれを伝えなくてはいけないと思った。
「小浦、疲れてるところ悪いけど、ちょっと時間もらえないか……?」
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