第29話 修学旅行1日目。(後編)
――30分ほどして、2人は俺たちの元へやってきた。
小浦はすでに泣き止んではいたが、やはりどこか元気がなかった。それから当初の予定通り古い町並みを散策していると、大きな川沿いに出た。歩き疲れた俺たちはその河川敷で少し休憩することに。
「私、何か飲み物買ってくるわね。みんなは何がいい?」
「あ、後藤さん、それなら俺も付き合うよ」
「ありがとう石子君、助かるわ」
竜はうまいこと言って自然にこの場から逃げたようだが、俺だって気まずいんだ。実はあれから小浦とはひと言も会話をしていない。だからといって俺までこの場を離れ、小浦が一人きりになってしまうのは避けたいところだ。でも、やっぱり気まずい。
河川敷に佇む小浦は、静かに夕日を眺めている。俺もその後ろで何か話しかけた方が良いのか悩んでいると、彼女は今まで閉ざしていた口を開いた。
「青嶋くん、ビックリさせちゃってごめんね……? なんにも聞かないのも、きっとあたしに気を使ってくれてるんだよね?」
「え、まぁ、竜が、その方がいいだろうって……」
「そっか。優しいね……2人とも」
「小浦の気持ち、俺にも少しは分かるよ」
「どうかな……。じゃあ今あたしが青嶋くんに言って欲しい言葉、分かる?」
「それは、ごめん。分からん……」
「ほら……」
俺の位置からは終始小浦の背中しか見えなかったが、2人が飲み物を買い戻ってくるまでのこの時間は、息が詰まりそうだった。
こうして気まずいまま自由時間は終わり、宿舎に戻って夕食を済ませると入浴の時間がやってきた。相部屋の男どもは女子風呂を覗きに行くとか行かないとか、何やら盛り上がっていたが俺はそれに参加する気にはなれなかった。大浴場へ向かっていると、ロビーのソファで涼む風呂上がりの小浦を見かけた。
もし明日もこのままだったら、せっかく小浦が楽しみにしていた修学旅行が苦い思い出になりかねないと思った俺は、せめて少しでも元気になって欲しくて……そこを素通りなんて出来なかった。
「小浦、ちょっといいか? 話したい事あるんだけど……」
「え……うん。いいけど……ここじゃない方がいいの?」
「せっかくだから、少し散歩しようぜ」
旅館の外を並んで歩くと、少し肌寒いと感じた。小浦は俺の一歩後ろを歩いていて、俺はどう切り出そうか悩んだが、最も心に引っかかっていた内容から話すべきだと決意をして振り返った。
「小浦!」
「は、はひっ……!」
「……はひって、なんだよ」
俺は思わず笑ってしまって、緊張が吹き飛んだ気がした。
「だって、こんな改まった感じ緊張するじゃん……」
「それもそうか……じゃあいつも通り話すから、小浦も出来ればいつも通り聞いて欲しい」
「わ、分かった……」
「小浦ごめん! あの時、俺がくだらないことで声かけたのが悪かったよな……」
俺の言葉を聞いた小浦は小さなため息を溢すと、肩を落としながら返した。
「……あたしのパンツは、くだらないことなの?」
「いや、そんなわけないだろ。あの純白の布は天女の羽衣かと思うほど……あ……」
「やっぱり見てたんだ。嘘つき……」
「それもごめん! でもそれは小浦を傷付けないために……」
「言ったでしょ? あたし、優しい嘘は嫌いだって……」
「そ、そうだな。ごめん」
「青嶋くん、さっきから謝ってばっかり。でもね? 今日のは嘘じゃなくて、ただの思いやりだと思うよ?」
「そう言って貰えると助かります……」
「話しってそれだけ? 今日のはただのあたしの不注意で、青嶋くんはなんにも悪くないよ。だから、気にしないで?」
そう言って笑った小浦の顔は、やっぱり少し無理しているように見えた。
「お、俺さ……小浦が誰と縁を結びたかったのかは知らないけど、小浦なら……神様になんて頼らなくたって引く手あまただろうし、きっとそいつだって小浦の魅力には絶対抗えない筈だと、思う。だから、俺が保証するから、もっと自分に自信もてよ。もし俺の意見だけじゃ心配なら、アンケートとかとってやるからさ……」
我ながら何を言っているのか途中から分からなくなったが、意図が小浦に伝わっていれば嬉しい。
彼女は表情を隠すように俯くと質問を投げかけた。
「……魅力って、例えば?」
「えっ……」
「そこまで言ったんなら、教えてよ……」
恥じらっている場合じゃない。小浦には、いつも通り元気に笑っていて欲しい。だから……。
「まずは……申し訳ないけど、顔! 可愛すぎるんだよ! あとは、そんなにモテてるくせに全然お高くとまってないし誰にでも優しいところ! 普通は少しくらい調子に乗るだろ! それに胸がでかい、分かってるゴメン、でも俺的にこれは外せない。あと良い匂いがする。小浦が通った後の廊下は、さっきここを通ったんだって、見えてなくても分かっちまう。寝顔も反則的に可愛いし、私服もオシャレだし、たまだの地味な制服すらも小浦が着ればここはパリコレの会場かよって感じだし。少し怒りっぽいところがあるのも最近知ったけど、その怒った顔すら可愛いんだよ! 初給料で頑張ってプレゼントしてくれたヒバリのフィギュアも超嬉しかったし、一緒に花火したときなんて小浦が花火なのか花火が小浦なのか分かんなくなるくらいどっちも綺麗で――」
「――ちょ、ちょっとまって青嶋くん!」
小浦は俺の言葉を両手を突き出して遮った。
「なんだよ、まだまだあるんだけど……」
「きょ、今日はもうお腹いっぱいだから……あ、ありがと、励ましてくれて……」
さっきまでは俯いていて今度は振り返ってしまった後だったから、相変わらず表情は見えなかったけど、声にはいつも通りのハリが戻っているような気がした。そのまま、彼女は続ける。
「青嶋くんは気にならないの? あたしの好きな人……」
「……気にはなるけど、応援してるから、いつか教えてくれよ」
「じゃあ青嶋くんも、もしも好きな人が出来たら、あたしに嘘つかないで教えてね……?」
「分かった」
「ま、まぁあたし的には、なるべく早く教えてくれると、嬉しいなぁって……」
「だから分かったよ。でも自分だけ言わないのとかはナシだからな?」
「もちろんその時がきたら、あたしだって勇気……だすから」
「……少しは元気出たみたいで良かった」
「うん。明日からはまたいつも通りのあたし……ううん、いつも以上に元気な小浦舞をお届けすることを約束するね? だから今日は、こっちこそ雰囲気悪くしちゃってごめんなさい」
「それは楽しみだ。はしゃぎ過ぎてまたパンチラしたら今度は凝視しちゃうかもなー」
「青嶋くんはそんなことしないでしょ?」
「信用しすぎだぞ。俺だって男なんだからな」
「知ってるよ……明日からの自由時間、また楽しもうね?」
「ああ。じゃあまた明日だな」
「うん。また明日……」
俺は風呂に入って部屋へ戻ると、小浦を元気づけようと放った言葉の数々を思い出して自己嫌悪に陥った。消灯した部屋の中でクラスメイトが突然始めた「なぁ、好きな子いる?」というお決まりの会話に混ざることが出来ないくらい、心がワサワサするような感覚に一晩中襲われていた。
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