第28話 修学旅行1日目。(中編)
バスを降りて神社の敷地に入ると、空気が変わったような気がした。俺が神社へ行くのは、家族に連れられて初詣へ行く年に1度の行事でしかない。長い歴史がそうさせるのか、京都という土地のパワーなのか分からないが、ウチの近所の神社とは明らかに違う何かを感じた。
「まずはお参りしよー? みんな早くー!」
小浦は先頭を切り速足で進んで行く。
「なんか、えらく張り切ってるな」
「舞は、ここに来るのを楽しみにしていたから……」
「まさか小浦のやつ、恋してるのか……?」
「さぁ? 本人に聞いてみれば?」
「お前ら親友なのに恋バナとかしないの?」
「……たとえ知っていたとしても、あなたには絶対教えないわ」
「俺ってそんなに信用なかったのか……」
お賽銭を投げると、俺たちは目を閉じて、それぞれの想いにふける。ちなみに俺はこの時、美人の彼女ができますように、と、ついでに家族の健康も祈っておいた。
「みんなは何を願ったんだ?」
「俺は漫画家になれますようにと、あとは彼女とのことだな」
「このリア充め……」
俺が妬みの視線を送ると、後藤さんも竜へと顔を向ける。
「石子君、漫画家になるのが夢なの?」
「まだまだヘタクソだけど……一応そうだな」
「へえ、素敵な夢ね。私も応援するわ」
学園のアイドルからの声援に、竜は頬を赤く染め顔を反らした。こいつのこんな表情、初めて見た気がする。
「さ、サンキューな。後藤さんは夢とかあるのか……?」
「まだはっきりとは決まっていないけれど……母が介護の仕事をしているから、その職業をもっと女性が働きやすい環境にしたいって、漠然とした目標だけはある……って感じかしら」
「なんか難しそうな話だけど、俺も応援するよ、後藤さんの夢」
「ありがとう、石子君……」
将来の話をする2人に、俺は正直嫉妬した。自信を持って自分のなりたいものや憧れについて語り合えることが、やけにキラキラして見えたんだ。この会話には、俺は割って入れない。すると、小浦が俺の気持ちを代弁するように口を開いた。
「2人ともすごいなぁ~。あたしはまだ将来の事なんて全然分かんないや……」
「安心してくれ、俺もだから……」
「えー? 青嶋くんと一緒って、逆に不安になるじゃん」
小浦さん? さっきまでの優しさはどこへ……?
その後は拝殿のすぐ側にある小屋へ、竜が彼女から頼まれていたお守りを買いに向かった。その真横に沢山のお札のような紙が張り付けられている、ひときわ目立つ大きな塊を見つけた。
「なんだこれ……」
「これがこの神社で有名な岩なんだよ? この紙に結びたい縁とか切りたい縁を書いて、岩の中心にある空洞をそれぞれ決まった方向からくぐると、それが叶うんだって!」
入念な下調べをしていた小浦が得意げに答える。
「これ、岩だったのか……」
俺はどんな願いが書かれているのか気になって、その内のいくつかを読むと、「旦那が不倫相手と別れますように」だとか「会社の上司が辞めますように」などの、高校生にはヘビーな内容が多かった。
「縁を切る願いの方が多い気がするの怖いな……」
俺が恐怖で背筋を震わせていると、後藤さんは石碑の隣にある立て看板を興味深そうに眺めていた。
「ここに書いてあるご利益は縁を完全に切るんじゃなくて、縁を薄くするってのが正しい解釈のようね。たとえ神様でも人と人との縁は簡単には切れないってことかしら……」
「せっかくだからみんなでくぐろうよ!」
小浦の提案で俺たちは形代と呼ばれる紙に願いを書いた。みんなになんと書いたか聞こうかとも思ったが、誰も切り出さなかったから、俺も無粋だと思ってそれを飲み込んだ。願いを書いた形代を手に持って、縁結び又は縁切りの方向から穴をくぐった後、石碑に形代を貼るのというのが一連の流れだった。小浦は書いた願いを見られたくないのか最後がいいと言ったから、俺たち3人が先に済ませて小浦の番が回ってくると――
「こ、小浦待て! パンツ見えそう!」
空洞を四ん這いになってくぐる小浦のスカートの裾から、チラッとだけ白い何かが見えた気がした。
「えっ……!?」
彼女は慌ててスカートを両手で押さえると、握っていた形代をその場に落としてしまう。
「み、見た……?」
「み、見てない……小浦、それより紙落っことしたぞ」
俺がそれを拾おうと近付くと、小浦は鬼の形相で踵を返した。
「そっちの方が見ちゃダメー!!」
その必死な表情に驚いた俺は途中で歩みを止めたが、この後、さらに驚くべき事態が起こる。
「あ……逆からくぐっちゃった……」
形代を拾おうと元来た道を戻った小浦は、思いがけず縁切りの方向から再度穴をくぐりなおしてしまう。力の抜けたような彼女はその場に座り込み、静かに涙を流してしまったのだ。
「ど、どうした小浦!? どっか怪我したか?」
「舞、大丈夫?」
「ひめ……どうしよぅ……あたし……」
小浦は助けを求めるような目で、後藤さんをただ見つめていた。その様子を見た後藤さんは俺たちに申し訳なさそうに投げかける。
「青嶋君、石子君ごめんさい。少し、舞と2人にさせてもらってもいいかしら……?」
俺と竜は境内の隅にあるベンチで2人を待っていた。
「どうしたんだろうな、小浦のやつ……」
「さぁな、女子には色々あるんだろ。俺らに出来るのは、戻ってきた時、何も見なかったように振る舞うことくらいじゃねーか?」
あの涙は、一体なんだったんだろうか。彼女があそこまで取り乱すということは、やっぱり小浦は恋をしているんだろう。あの魅力の宝石箱みたいな小浦舞にそこまで思われているとは、とんだ幸せ者がいたもんだ。どうか彼女とその相手との縁が、こんなことで切れたり薄まったりすることのないように、俺は静かに願っていた。
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