第27話 修学旅行1日目。(前編)
修学旅行の期間は3日間。初日と2日目は京都観光、3日目には京都を出て遊園地というのが大まかな流れだった。3日目以外は1日につき3時間、先日決めた班での自由行動が認められている。それ以外の時間はバスに揺られて、バスガイドさんの退屈な話を聞きながら、学校が決めたルートを回っていく。京都に着いた俺たちは今まさに、そのバスで観光名所へと向かっていた。
「おい竜、なんで俺らの周りだけ、こんなに空席が多いんだ?」
「そりゃお前、この前の一件で俺らがゲイだって噂が男子生徒中に回ったからだろ」
「ふざけるなよ……ここまでする必要が本当にあったのか?」
「別に広く使えていいだろ。俺は彼女いるし、こんな噂屁でもねーよ」
「お前はいいかもしれんが俺はどうなる?」
「知らん。元はと言えば将が原因だ。今生きてるだけマシと思え」
「竜、お前バス降りろ。決着つけてやる」
「気に食わないならお前だけ降りて走れ」
「なんだとこの……」
俺たちが取っ組み合っていると、その様子を見ていた男子生徒がまた何やら勘違いをしてヒソヒソと会話を回している。
「やっぱりあの噂は本当だったのか……」
「なんだよ痴話喧嘩か? 次の標的にされないようにあいつらとは距離置こうぜ……」
その声を聞いた俺たちは掴みあっていた胸ぐらから手を放し、ゆっくり席に座ると互いに顔を反らして腕を組んだ。
「なんでここだけ貸切りなの? 青嶋くん、グミ食べる? 石子くんも」
何も知らない小浦が自分の席を立って俺たちの元までやってきた。
「あ、ありがと小浦。……竜、一時休戦だ。この決着は自由時間につけるぞ」
「望むところだ」
小浦は俺たちにお菓子を渡すと、空いていた隣の席に腰を下ろした。
「自由行動はお昼終わってからだけど、待ちきれないね?」
彼女の屈託のない笑顔に癒された俺たちは、少しだけ落ち着いた。
慌ただしく観光名所を回り、集合写真を撮ったり全く興味のない歴史の話を聞かされると、やっと昼飯の時間がやってきた。と言っても、記念すべき京都での一食目は、バスの中で配られた弁当だった。
俺と竜は弁当を受け取った瞬間互いにここだと思い、じゃんけんを始める。
「「じゃんけん、ポン!!」」
俺はパー、竜はチョキだった。
「ぬぁぁああー! いきなり昼飯抜きかよー!」
「日頃の行いが如実に現れたな。では遠慮なく、ごっちゃんです」
昼飯を奪われた俺は食事シーンを見たくなかったから、トボトボとバスを降りて駐車場をさまよっていた。
「青嶋くん、待って!」
振り返ると、両手で弁当を抱えた小浦がいた。
「あたしお菓子食べ過ぎちゃって……だからこれ、一緒に食べよ……?」
涙が出そうだった。でも……。
「敗者に情けは無用だ……その気持ちだけで十分腹が膨れたよ……」
俺が掌を突き出して救いの手を拒むと、小浦は少し間を置いて、緩く握ったこぶしを向けた。
「……じゃあ、あたしとじゃんけんしよ?」
「……なんで小浦は、俺にそんなに優しくしてくれるんだよ……」
この問いに深い意味はなかった。ただ純粋に気になっただけだ。でも彼女は、それにすぐ答えることはしなかった。そのはっきりとしない表情は、返答に悩んでいるようにも、どこか道に迷った少女のようにも見えた。時間にすると数秒だったと思うけれど、その場に漂っていた不自然な空気を入れ替えるように、彼女はいつもの表情に戻ると、いつも通りの口調で返した。
「だって……青嶋くんとはこの後も同じ班なんだから、おなか減って倒れられたら迷惑するのはこっちだもん」
「そ、そっか、そうだよなぁ……」
「そうだよ。だから遠慮しないで一緒に食べよ?」
「じゃあお言葉に甘えて、小浦が食べきれなかった分をいただくよ」
俺たちは駐車場の縁石に2人並んで腰かけた。残った分でいいと言ったのに、小浦は綺麗に半分食べたところで「もうお腹いっぱい」と言って、それを渡してきた。
「なぁ、嘘ついてないか?」
「なんであたしが青嶋くんに嘘つく必要があるの?」
「だって小浦、優しいから」
「あたしね、『優しい嘘』って言葉嫌いなの。自分が信頼してる人にはどんな理由があったって嘘はついて欲しくないし、そんなウソつかなくたって、なんでも言い合える関係の方がいいと思わない?」
「……ごめん小浦」
「なんで謝るの?」
「俺、嘘ついてた。ホントは今朝寝坊して朝飯食ってなかったから、腹減って死にそうだったんだ――」
俺は受け取った弁当を、まるで漫画に出てくる食いしん坊キャラのような勢いでかきこんだ。
「もう慌て過ぎだよ! ゆっくり食べないと早死にするよー?」
横目に映った彼女の背に羽がないことを不思議に思うくらい、本物の天使だと思った。
弁当を食べ終わるとバスは再び動き出し、数日間世話になる宿舎へと向かう。8クラス総勢300人を超える生徒数だけあって、宿泊先は3カ所に分けられていたが1~3組は同じ宿舎だった為、後藤さんとも一緒だった。部屋に荷物を置いてから、班ごとの自由行動となる。ロビーで待っていると、エレベーターから降りた後藤さんはキョロキョロと周りを見渡した。
「あ、姫~! こっちだよ~」
小浦が手を振ると、彼女は申し訳なさそうに小走りで駆け寄った。
「お待たせしてごめんなさい」
「全然! 最初はどこから回るんだっけか?」
「石子くんリクエストの縁結びで有名な神社だよ!」
「あぁ、俺が嫌われた神様のとこね」
その神社は宿泊先からバスで20分ほどの距離にあった。市営バスに揺られていると、小浦は念入りに下調べをしているようだった。
「全ての悪縁を切って、良縁に恵まれる――だって!」
「てか縁結びって、なんで竜の彼女はそんなもの欲しがるんだ? もう付き合ってるのに」
俺の疑問に、ちょうどウェブサイトを見ていた小浦が答えた。
「……夫婦やカップルは、更にお二人がより深く、より強く結ばれるご利益がありますって書いてあるよ!」
「お前との縁を切って、彼女との縁を強めるとするかな」
竜は、挑発するような目で言った。
「お前まだ喧嘩売ってくんのか? 買うぞ? すぐ買うぞ?」
懲りずにくだらないやり取りをしていると、バスは神社が見える距離のバス停に停車した。
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