第23話 体育祭2。
「嫌だろうけど、透けちゃうよりマシだろ?」
「嫌じゃないよ……」
「は?」
「じゃあ、お邪魔します……」
舞は将にグッと近付き、腕を背中へ回すと頬を彼の胸に寄せた。
『おおーっと、これはどういうことだー? レース中に2人が強く抱き合っている。これはまさか、女性の体操着が水で透けるのを防いでいるのかー? 意外に紳士だ青嶋、だがそれよりも羨ましいぞ!!』
美少女に抱きつかれ放心状態だった将は、実況の声で我に返る。
「小浦、進むぞ?」
「うん……」
その様子を見た他の走者も、将達を真似て進んでいった。これによって水鉄砲の放つ水は、走者の背面にしか当たらず、このアトラクションを考案した理事長の期待していたような結果にはならなかった。
「小浦、エリアを抜けたぞ!」
「うん……」
少し名残惜しさを感じた舞だったが、しぶしぶ手を離す。
ゴールはもうすぐ、最後の関門が見えてくる。そこには机が並んでおり、湯気が立ち上っているように見えた。
『なんと最後の関門は、アツアツおでん早食いバトルだー。ぐつぐつと煮えたぎる鍋のおでんを完食しなければ前には進めません!』
「ったく、どこのバラエティ番組だよ」
文句を言いながら大根を口に入れると、将は口内の焼けるような熱さに悶絶した。
「青嶋くん、大丈夫!?」
「だ、大丈夫。でもこれ小浦は食っちゃだめだ……火傷しちまう」
「じゃ、じゃああたしがフーフーするね!」
「え……?」
舞は箸で掴んだおでんに息を吹きかけて冷まし、そのまま将の口へ運んだ。
「どう……?」
「全く……熱くない」
いや、このおでんはまだ熱々だった。なんと美少女の吐息は、見事に将の痛覚や感覚神経を麻痺させたのだ。
「ホント? じゃあどんどん冷ますね?」
『こ、これは、なんということだぁ。小浦・青嶋ペア、さながら新婚さんのようにフーフーしておでんを食べさせているー! 私たちは一体何を見せられているんだー! この競技考案した奴出てこい、ぶっ殺してやるー』
「……ダメだ、なぜか自分で冷ましたおでんは熱いままだ」
「じゃあこっち、はい、あーん」
「やっぱり小浦のは熱くない……」
舞が冷まし、将が食べる。これを繰り返しおでんの鍋をいち早く空にした2人は、一着でレースを締めくくった。
「やったな、一着だぞ小浦!」
将が声をかけるが、隣に舞の姿はない。彼女はゴール後すぐに足紐を外すと、トイレへ駆け込みブラジャーを付け直していた。トイレの個室でレース中の様々なスキンシップを脳内再生した彼女は、誰にも見られていないのを良いことに、たるみきっただらしのない笑みを浮かべていた。
午前の部が終了すると、赤組の総スコアは230点、白組が224点と拮抗してはいたが、黒子率いる赤組が優勢だった。一旦昼休憩を挟み、午後の部は昼の1時から再開となる。
「じゃじゃーん! おいしそうでしょー?」
舞は三段もある弁当箱を自慢げに広げる。
「す、すげーな。これ小浦が作ったのか?」
「早起きして姫と一緒に作ったんだよ?」
「こんな美味そうな弁当、ホントに俺も食べていいのか?」
「ええ、私と舞だけじゃ食べきれないもの」
「そうだよ青嶋くん、遠慮しないで? お弁当作るからお昼は持ってこないでって言ったのあたしなんだから……」
「じゃあいただきます。……うん、この唐揚げめっちゃうまい! マジで超うまい!」
「良かったぁ。沢山食べてね?」
嬉しそうな舞を目の前にして本当の事は言えなかったが、先程のおでん早食いのせいで、将は既に満腹だった。
その時一人でバランス栄養食のゼリーを摂取している戸狩の姿が将の目に映る。
「戸狩ー! 昼飯それだけか?」
「あ、青嶋氏、午後からの競技に向けて体を軽くせねばと思い……最低限の食事に、とどめているのだ」
解がモゴモゴと話す理由はそこに姫華がいるからだ。午後の障害物競争で1位になって、告白しようとしている相手に今さら怖気づいていた。
「でも、食べないと力でないぞ? こっちに来て一緒にどうだ?」
「よ、良いのか……? 僕なんかが……」
「2人とも、いいよな? 実は俺さっきのおでんで腹苦しくって……」
「ええ、もちろん」
「いいよー。一緒に食べよ?」
不安そうだった解の顔は一瞬で明るくなる。いつも一人で昼食をとる彼にとって、将達との時間はとても楽しく思い出に残るひと時だった。
食事中の将たちの後ろを、午後からの競技で使用する大道具を運ぶ生徒が通りかかる。運搬中の生徒は段差に気が付かず転倒すると、その大道具が地べたに座る姫華へ向かって落下してきた。その重さは男性生徒が2人がかりで持ち上げていたことから、そこそこの重量だと分かる。
「えっ……」
あまりに咄嗟の出来事で、姫華は固まって動けない。
「姫っ!! 危ない!」
鈍い音が響くと、そこには姫華を庇って落下物の下敷きになる解の姿があった。
「戸狩、大丈夫か!?」
「戸狩君、なんで……?」
「ぼ、僕は、大丈夫だがね……」
「怪我してない? 救護室へ行きましょう?」
「俺が連れてくよ。2人は散らかったここの後片付けをお願いしてもいいか?」
将は解に肩を貸して起き上がらせると、救護室へ向かった。
「お前すげぇな、俺動けなかったのに……」
「トレーニングしていて、良かったがね……」
「やっぱお前、かっこいいよ」
――解の足は重度の捻挫だった。
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