第22話 体育祭。
むせかえるような暑さもそろそろ遠慮を見せ、少しずつ過ごしやすさを取り戻しつつある9月の終わり、第53回悠楽学園体育祭が開催された。
開会の挨拶で壇上に登るのは、赤組と白組の両応援団長。将の目に相手の団長は、少しヒョロそうに映った。だが彼が手を挙げると、赤白問わず女生徒から黄色い歓声が上がる。彼は元テニス部部長で、ファンクラブも存在するという3年生きってのモテ男だった。
「あんなチャラ男より、ウチの黒子団長の方が男らしいよな?」
「でも、確かにイケメンだね~」
将の問いに、舞は否定とも肯定ともとれる返答をする。
「小浦も、あんなのがタイプだったのか?」
「そ、そんな訳ないでしょ、怒るよ!?」
「えぇ……なんでぇ……」
突然怒鳴られた理由が分からない将は肩を落とした。
「青嶋くん、開会式が終わったらすぐに姫の競技始まるから応援いこ?」
「後藤さんってなんの競技に出るんだっけ?」
「もう忘れたの? 借り人競争だよ」
スタートの合図の発砲音と共に、走り出す4名の女生徒たち。その内の一人である姫華がお題の紙を開くと、少し迷った末、陸上トラックの沿道に見えた将の元へと走った。
「青嶋君、一緒に来て……」
「え、俺?」
アホ面で自分を指さす将。
「いいから、早く!!」
痺れを切らした姫華は、無理やり腕を掴んで走り出した。
『なんと2年生の後藤姫華選手、大胆に男性の手を掴んで走り出したー! 一体彼とはどういう関係なんだー、そしてお題にはなんと書かれていたのか、私、気になります!』
白組放送係の実況は、その道のプロと疑ってしまうほどの饒舌だった。走りながら、後に自分の実況がこれと比べられるであろう事態を悲観する将であった。
姫華はこのレースで1位を獲得した。この競技はお題の確認も含め、1位の選手にインタビューが義務付けられている。
『後藤さん、お題にはなんと書かれていたんですか?』
「男友達……です」
『その中で彼を選んだ理由は?』
「私には彼しか、いませんから……」
姫華の顔は赤く染まり、それを見た男達から殺意のこもった視線を向けられる将。慌ててその場を離れようとするが、インタビュアーに捕まる。
『では選ばれた青嶋君、一言お願いします』
「あ、はい。最高です」
将はこの後、先輩後輩関係なく後ろから空き缶を投げられる等の、様々な嫌がらせを受けることになる。
戻ってきた将の脛に、舞は痛くない程度の蹴りを入れた。なんで蹴られたのか、その理由が分からなかった将は無粋にもそれを尋ねてしまう。
「なんで蹴るの? 俺等1位になったよ?」
「知らない……」
舞は顔を隠すように後ろを向くと、親友に嫉妬する自分の小ささを少しだけ悔いた。
「俺らの競技もそろそろだし、最後の練習しとこうぜ?」
「そうだね。あたしたちも絶対1位とろうね!」
将の方へ向きなおした舞の顔は、気合に満ち満ちていた。
2人が競技場の隅で息を合わせる練習をしていると、アナウンスが鳴る。
『二人三脚の参加選手はテント横に集合してください』
「緊張してきちゃった……」
「大丈夫だって。沢山練習したんだし」
「そ、そうだね。絶対1位とらなきゃ……」
「なんでそんなに1位にこだわるんだ?」
「だって青嶋くん、姫とは1位だったのに、あたしとはとれなかったら嫌だもん!」
「そっか。じゃあ……3人で1位になろう」
「うん……」
二人三脚が始まった。このレースはただのかけっこではない。悠楽学園伝統の競技で、その歴史は第1回体育祭から続いている。ルールは男女2名でペアを組み互いの脚を紐で縛る、までは普通なのだが、ゴールするまでに3つの関門を乗り越えなければならないのだ。そのアトラクションは毎年変化する為、対策を練ることは不可能だ。
将たちは第一関門へ向かっていた。そこで問題が発生する。
「きゃっ……」
「どうした小浦?」
「今、背中にある青嶋くんの手が擦れて、ブラのホック取れちゃった……」
「マジ!? ごめん、それかなりマズイよな?」
「肩紐があるから、脱げちゃうことはないと思うけど……」
『さぁ皆さんが気になる第一のアトラクションを紹介しましょう。今年度の第一の関門は、逆立ち沼です! このゾーンを越えるまでは、2人とも逆立ちをして通らなければなりません!』
「なにーっ!?」
舞は薄手の体操着一枚で上着を着ておらず、このまま逆立ちなどすれば服が捲れ上がってしまう。しかもブラのホックが外れている今、想像できる大参事を恐れた将はある提案をする。
「小浦、背中触ってもいいか?」
「ホック、とめてくれるの?」
「うん。やってみてもいいか?」
「分かった……」
将が走りながら背中を摩ると、くすぐられているように感じた舞は少し卑猥な声を漏らした。
「ごめん小浦、少し我慢してくれ」
「青嶋くん、もう少し優しく……」
将の努力も虚しく、逆立ち沼の前まで到達してしまう。
「そうだ!」
舞は思いついたように着ていた体操着をズボンの中にインした。
「その手があったか! さすが小浦だ」
こうして2人はなんとか第一の関門を突破し、再び走り始める。ふと舞の様子を見た将は目をそらしながら尋ねた。
「小浦……今ブラって、どうなってる?」
「さっきの逆立ちで、胸の上にのっかっちゃってる……」
「それってつまり……今、胸を覆っているものが何もないってことだよな? 大丈夫なのか? 透けたりしないのか?」
右腕で胸を押さえている舞は赤面しながら返す。
「分かんないよ。ノーブラで着たことなんてないし……」
「やっぱ棄権してコースの外出ようぜ?」
「それはヤダ……」
『続いて第二関門は水鉄砲地獄です。コースの外から刺客が水鉄砲で選手を狙い打ちます』
「さっきから作為を感じるんだが!?」
将の嘆きは、グラウンド中に悲しく響いた。第二関門へたどり着いた将は、何かを決心したような顔で舞に提案する。
「小浦……ここを越えるまで、抱き合おう」
「えっ……」
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