第21話 イラッとするわ。
「何の用だよ。ここじゃダメなのか?」
俺は正直、こいつとはあまり関わりたくはない。どうせ勉強が出来る奴は、俺のような不出来な奴を馬鹿にしているに違いないと思っていたからだ。休日だというのに、戸狩はなぜか制服を着て、手には参考書を抱えている。絶対に、分かり合える筈がない。
「頼む、少しでいい……」
どこか必死さが伝わってきたから、俺は仕方なく席を立った。
「それで、話ってなんだよ?」
「青嶋氏は、後藤君とは一体どういう関係なのだ? なぜ休日に共に食事を? ま、まさか、まだ高校生だというのに、一緒に居たのは君たちの子供ではなかろうな!?」
俺は呆れてしまった。頭が良さそうに見えて、馬鹿じゃないかこいつ。
「おい戸狩、お前何言ってんだ? あれは俺の妹で、後藤さんには買い物に付き合って貰っていただけだ。俺たちはお前が思っているような関係じゃない」
「そ、そうか……良かった」
安心した様子の戸狩は、眼鏡を外しレンズを拭いた。初めて見えた目は、意外とくっきりとした二重瞼で、思わず笑ってしまった。
「お前もしかして、後藤さんのこと好きなの?」
「そ、そそそんなこととと、あるわけないだがね」
「お前みたいなタイプも、恋するんだな……」
「話を聞いているのかね、だから違うと――」
「別に誰にも言わねーよ。馬鹿にする気もないから、安心しろよ」
「本当か……?」
「いい子だよな、後藤さん」
「そ、そうなのだ! 彼女は美しいだけでなく、テストではいつも僕よりも高い成績を出す――まさに才色兼備。そんな彼女は僕の憧れであり目標でもあるのだよ。いつか1位をとって、彼女にこの想いを伝えるんだ」
「へぇ、戸狩は意外と熱い男なんだな」
「その為に寝る間も惜しんで勉強をしているのだよ」
俺は少し、勘違いをしていたのかもしれない。戸狩は、好きな女の子に認められたくて勉強を選んだ。もっと他に努力するところがあるだろ、とか、高嶺の花すぎるだろって、普通は思うんだろう。でも俺は、素直にかっこいいと思った。
「戸狩、少し同席するか?」
「い、いいのか……?」
「その代わり、今度俺に勉強教えてくれよ」
「もちろんだがね!」
席に戻ると、後藤さんは俺と戸狩が仲良く話すのを不思議そうに見つめていた。
「後藤さんは、どんな男がタイプなの?」
「はぁ? いきなり何よ?」
「いいじゃんたまにはこういう話もさ。どうなの? 運動が出来る奴とか、勉強が出来る奴とかザックリしたのでいいからさ」
戸狩は生唾を飲んで、後藤さんの返答を待っていた。
「……どちらかと言うと、運動が出来る方かしら」
戸狩の眼鏡にヒビの入る音がした。ごめん戸狩、質問を変えよう。
「じゃあ、もし学年1位の後藤さんより高い成績の奴が現れたらどう思う?」
「そうね……。イラッとするわ」
戸狩の眼鏡から、分厚いレンズが落ちた。俺は咄嗟にそれを空中でキャッチして、すかさずフレームへと戻す。
「じゃ、じゃあ理想的な告白のシチュエーションとかは?」
「昔読んだ本で、部活の大会で優勝した男の子がヒロインに告白するシーンで感動したことがあるけれど……」
「へ、へぇ~……」
こ、これはなかなか耳寄りな情報だったのではなかろうか。
「私、ちょっとお手洗いにいってくるわ」
「ヒメちゃん、わたしもいく」
2人が席を立つと、俺たちは目を合わせる。
「青嶋氏、ナイスだがね!」
「思わぬ棚ぼただったな」
「僕は決めた。体育祭の参加競技で1位になって、後藤君に告白する」
「ま、マジか……。思い切ったな戸狩」
「振られるのは分かっているが、出来る限りの誠意で臨みたい」
「お前、やっぱかっこいいよ」
「そんな言葉、初めて言われたがね……」
戸狩は頬をりんごのように赤く染めながら照れている。誤解を生まないように一応明言しておくが、この先に俺と戸狩のラブコメ展開などはない。もう一度言う、断じてない。
翌週から戸狩は、放課後の応援団の練習が終わると、学校周辺を走り始めた。
「戸狩の奴、あんなに必死に練習するタイプだったか?」
黒子団長が不思議そうに尋ねてきた。
「障害物競争に出るみたいですよ」
「ま、やる気があるのはいいことだな! 俺も一緒に走ってくる」
団長は鼻息荒く大腕を振って走り出した。すぐに追いつくと、まるでサザエ○んのEDのように戸狩を誘導している。
「青嶋くん、最近戸狩くんと仲いいよね?」
「あの日偶然会ってからよね? 一体ファミレスでどんな話をしていたの?」
小浦と後藤さんから迫られたが、本当の事など言える筈もなく、俺は適当に誤魔化すしかなかった。
応援団になったものの、そんなに運動が得意ではない俺と小浦は、放送係を請け負うことにした。主な業務は実況や司会進行など。白組の放送係が午前の部、俺たちは午後の部を担当する。この仕事ならばテントの中で動かずに済むから気楽でいい。
「青嶋くん、この競技紹介のセリフこれでいいと思う?」
「さすが小浦、いいと思う。あ、障害物競争だけは、俺が考えてもいいか?」
「ありがと。うん、いいよ」
そして放送係を請け負ったが故に、俺と小浦は午前の部から自分たちの参加競技を選ぶことになった訳だが、空いている枠が男女ペアの二人三脚しかなかった……。どこのご都合主義のラブコメだ、と、叫びたくなった。
――約1か月の準備期間を経て、体育祭の幕が開ける。
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