第18話 始まる新学期。
まだまだ厳しい暑さの残る9月と共に、新学期が始まった。自転車を停めて校門へ向かうと、小浦と後藤さんの姿が見えた。夏休み前だったなら、俺は彼女たちが通り過ぎるのを待っていただろう。
――でも今なら、挨拶ができる。
「おはよう2人とも」
「青嶋君、おはよう」
「青嶋くんおっはよー! ヒバリのパンツ何色だった?」
「もちろん白だっ……た」
……やってしまった。
小浦はジトっとした目で俺を睨みながら悪態をつく。
「最低……変態、巨乳好き、女の敵」
「すみませんでした……」
「反省する気があるなら、あたしのお願いひとつ聞いてくれる?」
小浦は上目で交換条件を提示する。俺が全面的に悪いので、素早く何度も頷くと、ケロッと表情が明るくなり彼女は笑った。
「内容は……?」
「それは後になってからのお楽しみだよー」
教室に入ると、久しぶりに会った竜と無言でハイタッチを交わした。今までこんな事したことはなかったけど、心が通じ合っている気がして、なんか良かった。
チャイムが鳴り、我らが担任のみどりちゃんが「みんな久しぶり」と言って教室に現れると、男子生徒の目の色が変わる。みどりちゃんは薄着で、実にセクシーな服装をしていたからだ。残暑よ、ありがとう。もちろん俺も見惚れていると、ちょうどそのタイミングで後ろを振り返った小浦に、また睨まれた。
休み時間になると、小浦がトコトコと俺の席へ歩いてくる。
「青嶋くんは女子なら誰でもエッチな目で見るんですかー?」
「そ、そんなことねーよ。さっきのはたまたまボーっとしてただけで……」
その様子を見て驚いた竜が、俺の肩を素早く何度も叩いて耳打ちしてきた。
「お前ら、仲直りしたのか?」
「仲直りって、最初から喧嘩はしてねーよ」
「2人でなにコソコソしてるの?」
小浦がキョトンとした顔で尋ねてきた為、竜には「後で話す」と、小声で伝えた。
昼休み――いつもは教室で弁当を食べるのだが、この日は小浦の目を盗むために竜と屋上へ来ていた。
「で、夏休みに一体何があったんだよ」
「実は――」
事情を話すと、竜は面白がって「良かったじゃん」と言ってくれたが、すぐに表情を曇らせた。
「どうしたんだよ、うんこか?」
「将、お前、あの2人と同じバイト先だなんて他の奴には絶対言うなよ? 嫉妬に狂った男子から刺されかねねーぞ? それに、野次馬が押し寄せてバイト先に迷惑がかかる」
「た、確かに……」
「あ、こんなところにいたー! なんでいつも通り教室にいなかったの?」
大声の主は小浦だった。その後ろには後藤さんの姿も。
「天気、良かったから……」
「そっか。ねぇ石子くん、あたしたちも一緒していい?」
「あ、あぁもちろん……」
竜は言葉ではそう言ったが、彼女たちが腰を下ろすと、またすぐに俺へ耳打ちしてきた。
「おい、お前からの流れ弾で俺まで刺されるのはごめんだぞ?」
「いや、この状況は逆に竜がいないと、俺の命は今日までの可能性が高い」
「知らねーよ。見ろよ周りの奴らの顔、あいつら視線だけで俺らに『死ね』ってメッセージ送ってきてるぞ。おい、向こうの奴に関しては藁人形壁に打ち付けてやがる。なんであんなもん学校に持ち込んでんだアイツ……」
「竜、俺らって友達だよな?」
「夏休みに一度も連絡よこさなかった相手を、お前は友達と呼ぶのか?」
「連絡しなかったのは竜も同じだろ。じゃあ朝のハイタッチは何だったんだよ! まさか俺とは手を合わせるだけの関係だったのか?」
「俺は平和で平凡に学校生活を送りたいんだ。毎日命を狙われるサバイバルなんて求めてねーんだよ」
「2人とも、またコソコソ話してるー。ホント仲いいねー?」
いえ、たった今あなた達のおかげで絶賛仲間割れ中です。
「私、石子君とは初めまして、よね……? ごめんさい、いきなりお邪魔しちゃって……」
恥じらいながらそう告げた後藤さんに、竜は見惚れて固まっていた。俺は知ってるぞ、彼女の上目遣いは人を石にするって事を。
「竜、俺らって友達だよな?」
「何言ってんだ……親友の間違いだろ?」
彼は、覚悟を決めた顔をしていた。
――やっぱり、可愛いは正義だ。
5時限目はHRだった。
「みんなも知ってると思うけど、9月の終わりには体育祭があります。基本的に指揮は3年生が執るけれど、このクラスからも代表の応援団員を、男女一名ずつ選出して貰いたいの。決め方はみんなに任せるわ」
みどりちゃんの言葉にクラスの皆は、「えーっ」と、気怠そうな声を上げる。なぜならこのクラスには部活に入っている生徒が多く、この役割を受けると部活動に支障が出る事を知っているからだ。勿論、俺たち帰宅部も貴重な放課後の時間を取られたくない。
すると、決してそんなタイプではない筈の小浦が手を挙げる。
「あたしがやります……青嶋くんと、一緒に……」
「は……?」
クラスの男子全員の視線が、一斉に槍のように降り注ぐ。
「ありがとう小浦さん。青嶋君も了承済みなのよね?」
いえ、違います先生。今初めて聞きました。
「いいよね、青嶋くん?」
小浦は目で訴えてくる。今朝のお願いとは、この事だったのか……。
「はい、やります……」
その後の休み時間にトイレから帰ってくると、俺の机には呪いの手紙とやらが届いていた。俺は果たして、この学校を生きて卒業することが出来るのだろうか。




