第17話 あとの祭。
「そ、それは……」
「隠さなくていいよ。怒ってないから」
「すみませんでした……」
「うん。君はいい子だね」
「なんで分かったんですか?」
「分かるよ。姉妹だもん。でも姫華に信頼できる男友達が出来たみたいで安心した。あの子、男に心を開かなかったからさ……」
「どうしてですか?」
「全部私たちの父親のせい。うちは姫華が小さい頃に両親が離婚しててね、原因を作ったのがその父親なの。あいつは小さい姫華にも、平気で暴力を振るう男だった。だから無意識に、男の子を敬遠しちゃってるんだと思う。そんな姫華が初めて紹介してくれたのが、君だったってわけ」
「そうだったん、ですね……」
あんなに綺麗で聡明な後藤さんに、浮いた話のない理由が分かった。
「もし、青嶋君にその気があるなら、姫華のこと、これからもよろしくお願いします」
妹想いなバニーガールのお姉さんは、4つも年下でクソガキの俺に、深く頭を下げた。
「頭を上げてください。仲良くしてもらってるのは、俺の方ですから……」
こんな展開でも、露わになった胸元に目がいく自分を殴りたい。
「でもあの子、胸ないけどね?」
視線に気付いたのか、風香さんは自分の立派な胸を強調しながら俺を揶揄う。
「知ってます……」
「まさか、もう開拓済み!?」
「ち、違いますよ、海へ行ったときに……」
「そっかそっか。あの子も青春、送ってんだね」
「後藤さんは、素敵な女の子だと思います。まっすぐで、純粋で、友達想いで、それに笑った顔が……」
俺は、この言葉を途中で詰まらせた。なぜだかこれ以上は、言っちゃいけないような気がした。
「青嶋君、スマホ貸して?」
「は、はい」
風香さんは俺の渡したスマホを素早く操作すると、すぐに返してくれた。
「私の連絡先入れておいたから、何かあったらお姉さんに相談しなさい?」
「え……?」
「私のプライベートの連絡先を手に入れたい男は大勢いるんだから、姫華に感謝してね?」
登録名を見ると、「バニーガールのお姉さん」と設定されていた。
「営業メールとか送ってこないですよね?」
「だからプライベート用だって言ったでしょ? よくそんな言葉知ってるわね」
後藤さんがジュースを買って戻ってくると、風香さんは俺を家まで送り届けてくれた。バニーガールのお姉さんと月夜の下でおしゃべりしたなんて同級生に言ったら、きっとうらやましがられるだろう。しかも連絡先までいただけるなんて――そんなことを考えながらベッドで横になるとメールが届いた。
その内容は「今日は無理やり連れまわしてごめんね。今度お店に招待するから、社会見学だと思って来てね?」と、書かれていた。
「なんだよ。やっぱり営業メールじゃんか」
俺は返信せずに、そのまま眠りについた。
――数日が経ち、とうとう夏休み最後の日がやってきた。
この日は以前カラオケに行ったメンバーで、愛里那の地元でやっているお祭りに来ていた。
「青嶋くん、金魚とって!」
「よーし、任せなさい」
一匹もとれなかった。
「おにぃ、ダサい」
「すみません……」
この後、愛里那と美波はりんご飴の屋台に並ぶと言って、俺と小浦は2人きりになった。こ、これは傍から見ればお祭りデートなのでは? 浴衣姿の小浦は、髪型が違うからなのか、いつもより少し大人っぽく見える。すれ違う男たちは皆、振り返った。白地に青い模様の入った浴衣は、彼女の魅力を通常の120%以上に引き上げていた。肌はいつもより隠れているのに、なんでこんなにいやらしく映るのだろう。浴衣って不思議だ。
「じゃあ次は、型抜きやろうよ!」
俺は出店に並んだ景品のひとつに目が留まった。
「あ、ヒバリのフィギュアだ……」
それは小浦も全巻持っている、俺の好きな漫画に出てくるキャラクターだった。その様子を見た小浦は、出店のおっちゃんにその番号の型抜きを頼んだ。
「小浦、見てただけだからいいって」
「でも、欲しいんでしょ?」
「でもこれ難しそうだし」
「いいの! その方がおもしろいじゃん」
小浦は、何度も失敗した。でも決して諦めようとはしなかった。砕けた型抜きの残骸が、山のように積みあがっていく。
「さすがにもういいよ。お金もったいないぞ?」
「もったいなくない……」
彼女の目は、真剣だった。いくら止めても辞めないから、俺も黙って見守ることにした。その姿を見たおっちゃんも、小浦にコツを教えながら応援してくれた。
「で、できた……」
「すごいじゃん小浦!」
「おめでとうお嬢ちゃん、ほら景品のフィギュアだ」
彼女は苦労して手に入れたその景品を笑顔で俺に渡してくる。
「さすがにこれはもらえねーよ……」
「あたしはこの為に頑張ったんだから、遠慮しないでいいよ?」
「でも……」
「……この前、給料の使い道聞いたでしょ? あたしは海で助けてくれた青嶋くんにお礼をするって、ずっと決めてたの。でも何が欲しいのか、あんまり分かんなくて時間経っちゃったけど、この前は助けてくれてありがとう。カッコよかったよ?」
照れた様子で景品を持つ小さな手を向けてくる小浦の姿を見て、これを貰わないとバチが当たると思った。おっちゃんも無言で「うんうん」と頷いている。
「ありがとう小浦、部屋で大事に飾らせてもらうよ」
「うん。でもパンツとか覗いたらダメだよ?」
「覗かねーよ!」
こうは言ったが家に帰って開封後、3秒で約束を破ってしまったのは秘密だ。夏休み最後の日、忘れられない思い出と、思ってもいなかったお土産まで頂いてしまった。俺はこんなにも優しい小浦に、なにか返せているのか心配になる。でも小浦とは同じクラスなわけだし、明日から始まる新学期に備えて、俺はいつもより早めに眠りについたのだった。
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