第13話 大入り手当の間違った使い方。
大入り手当――それは会社の決めた売上目標を達成したり、優れた成果を出したりすることで、個人に与えられる臨時のプチボーナスのことである。
最近入社した後藤姫華、小浦舞の両名は、まだ一度も給料を手にしていない。だが先日の花火の日の売上が予想以上の成果だったため、焼き鳥たまだから臨時の大入り手当がスタッフ全員に支給された。
この支給方法は通常の給与振込とは違い、大入りと書かれたポチ袋で手渡しされ、この2人は人生で初めて、働いた対価を金銭として受け取ることになる――まさに感動の瞬間だった。
「姫、いっせーのーでで開けよ?」
「そ、そうね……」
「いくよ? いっせーのーで!」
緊張した面持ちでポチ袋を開けた2人は、中の金額を確認すると目を輝かせて喜んだ。
「ご、5千円も入ってる!」
「い、いいのかしら、こんなにも貰っちゃって……」
「初めてもらう給料って嬉しいよな。俺も感動して普段なら絶対買わない高級アイスを2つ買って美波と一緒に食べたよ。2人は何に使うんだ?」
「あたしは前から決めてた使い道があるんだぁ」
小浦は両手で持つポチ袋を高く掲げて見つめている。
「どんな使い道なんだ?」
「秘密だよ~!」
終始ご機嫌な様子のお嬢様は、クルクルとその場で回転していた。
「なんだよケチ。後藤さんは?」
「私はせっかくだから大事に貯めておこうと思う」
こちらは顔をほんのり赤くさせて目を閉じ、喜びを噛み締めている。
「後藤さんらしいや……」
後藤さんは、大入り袋を大事そうに鞄へしまいながら問い返した。
「そう言うしぃは何に使うつもりなの?」
「俺はエ――」
おっと危ない。つい流れで本当のことを言ってしまいそうになった。
「さ、参考書を買おうかと……」
咄嗟の嘘をついた。本当は先日、部屋で厳重に保管していたいかがわしい本を美波に没収されてしまった為、新しい相棒をこのお金で購入しようと考えていた。
「へえ、意外な使い道ね」
「青嶋くん、勉強してるの? えらいね?」
「そ、そうだろう? そろそろ俺も受験のこと考えなくちゃなぁって思ってさ! ははは……。じゃあ俺このまま駅前の本屋寄って帰るから……お疲れ~」
将はこの場をうまく乗り切ったと思っていたが、2人は彼に違和感を感じていた。
「さっきの青嶋くん、なんか変じゃなかった?」
「確かに……彼が勉強なんて、少し変ね」
「ねぇ、後つけてみようよ?」
「そんな、趣味が悪いわよ? ……でも、少し気になるわね」
姫華は珍しく協力的だった。なぜなら少しだけ本屋に寄りたい気持ちがあったからだ。
「そうこなくっちゃ! 行こ! 見失っちゃう!」
2人がこっそりと尾行してきている事など露知らず、将は本屋に辿り着いた。終電までの残り時間は30分――その時間をフルに使って吟味しようと急ぎ足で入店する。
「あ、見つけた!」
「どこ?」
「ほら、あそこ!」
舞はガラス越しの店内を指さす。2人が店外から青嶋容疑者の姿を視認すると、彼はちょうど階段を上り2階へと進んでいた。
「おかしいわね……」
「何が?」
「参考書は1階に売っている筈なの……」
「やっぱり……嘘ついてたんだ。行くよ姫!」
舞の顔は先ほどよりも険しくなっていた。
将は少し周りを気にしながら、人がいないことを確認し、歩みを進める。まさか本棚の陰に学園のアイドル2人が隠れているなど微塵も思っていない。
「なにコソコソしてるんだろ……まさか、万引き!?」
「青嶋君に限ってそれはないと思うけれど、あ……」
姫華は、目をかっぴらいてエロ本を吟味する男の姿を見てしまい唖然とする。
「どうしたの姫? あたしの角度からじゃ良く見えないんだけど……」
「舞は、見ない方がいいかもしれないわ……」
「そんなこと言われたら余計に気になるじゃん。よいしょ……」
身を乗り出して様子を確認した舞は、元の位置にスッと体を戻すと、押し黙った。
「ま、まぁ青嶋君も男の子だから、仕方ないわよね」
「…………」
舞は俯いていて、どんな表情をしているのか姫華からは確認できなかったが、肩が小刻みに震えていることだけは分かった。
「ま、舞……? 大丈夫?」
舞はいつもより透き通った声を、感情を殺したような無表情で放つ。
「ねぇ姫……これって浮気だよね?」
「えっ? 何を言っているの?」
「あんな楽しそうな顔して、他の女の人の裸見てるなんて浮気だよね?」
「舞、冷静になって。あなた達はまだ付き合っていないわ。たとえ付き合っていたとしても、あれは仕方のないことなのかも……」
「姫はどっちの味方なの?」
「そ、それはもちろん舞の味方に決まっているじゃない」
「じゃあアレ、浮気だよね?」
「う、浮気ね……」
姫華は、決して長いものに巻かれるようなタイプではない。だが唯一、この小さくて可愛い生き物には弱かった。
「でも一体どうするの? あんなところに突撃したら青嶋君、たぶんしばらくは家から出てこられなくなるわよ?」
「そっか……。でも、浮気は未然に防がなきゃ……どうしよう姫?」
涙目になる舞に心を掴まれ、姫華は頭をひねらせた。
「じゃあ、こうしましょう――」
お目当てのブツを購入して意気揚々と店から出てきた将が、自転車に乗ろうとハンドルに手をかけたその時――
「あ、青嶋くん。参考書買えた?」
「えっ!? 小浦? 後藤さんも!? なんでここに?」
「姫が買いたい本があるって言うからあたしもついてきたの」
「そ、そっか……。お、俺はもう買えたし終電もあるから行くわ、じゃあな!」
「ちょっと待って!」
舞は大声で、勇気を振り絞って将を呼び止める。
「な、なに?」
「今日青嶋くん家、行っちゃダメ……?」
舞の表情は恥じらいに満ちていて、過去最大に赤面していた。
「は? ……はぁぁあ!?」
将は脳内ですぐに処理しきれないこの出来事に、2段階で驚いた。
姫華の考えた作戦は、買った本をその日の内に回収しようというものだったのだ。この作戦が、後にあんな修羅場を引き起こす事になろうとは、まだ誰も知らない。
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