第12話 愛里那。
俺の姿を見た愛里那は立ち上がり、無言で腕を掴んで歩き出した。
「おい愛里那、どこ行くんだよ!」
俺の問いには答えずにズカズカと歩き続ける彼女は、すぐ傍に停まっていたタクシーに向かって手を挙げる。扉が開き乗車すると一言、今俺たちのいるラブホテルの名前を運転手に告げたのだった。
「やっぱり、全く分からん……」
愛里那との全てを思い返してみても、今のこの状況には全く繋がらなかった。
「あーサッパリしたー!」
バスタオル1枚の姿で浴室から出てきた愛里那が、冷蔵庫を開ける。
「おい服着ろよ!」
「何回も見せた事あるんだからいいじゃん。ね、お酒飲んじゃおっか?」
「飲まねーよ」
「なんでー? つまんないの」
愛里那はペットボトルの水を取り出すと、俺の隣に座り、勢いよく水を飲んだ。
「いい加減説明しろよ、なんだよこの状況は?」
「理由なんてないよ。ただムラムラしてた時に偶然会ったから連れ込んだ」
彼女は口から溢れた水を腕で拭いながら返す。
「俺が好きになったお前は、そんな適当なことする奴じゃなかったはずだ」
「将は女に幻想抱き過ぎだよ……」
愛里那はそう言うと俺を押し倒して跨り、服を脱がそうとする。
俺は特に抵抗はせずに、一言だけ投げかけた。
「なぁ、何があったんだよ」
すると愛里那の手は止まり、俺の顔に彼女の涙が、ポツリポツリと落ちてくる。
「振られちゃった……」
「そっか……それは悲しいな。でもその穴は、俺じゃ埋められなかったから、お前は俺と別れたんだろ?」
「なんでかなぁ。ウチ、けっこう頑張ったつもりだったんだけどなぁ……」
「俺で良かったら話聞くから、とりあえず服着ろよ……」
愛里那は俺の目の前で下着をはくと、話し始める。
「好きな人出来たって言ったでしょ?」
その状況を看過出来ずに、俺はシリアス展開も忘れてツッコミを入れる。
「おいちょっと待て、服を着ろと言ったんだ。パンツをはけと言ったんじゃないぞ」
「パンツも服じゃん」
「よし分かった。パンツとブラと上着を着ろ!」
「あ、反応しちゃうから?」
「うるさい!」
やっと言うことを聞いてくれた愛里那は、先ほどの続きから話し始める。
「この際だから言うけど、その振られた相手ってのが、もうかれこれ10年くらい片思いしてる人なんだよね。だから流石に立ち直れなくてさ……」
「じゃあ愛里那は、他に好きな男がいたのに俺に告白したってことか?」
俺は少しイラッとしながら質問した。
「それは違うよ」
「どう違うんだよ」
「だって、その人女だもん」
言っている意味が分からなかった。残念ながら人生経験の浅い俺は、まだそういう人に出会ったことがない。いや出会ってはいるのかもしれないが、カミングアウトされたのはこれが初めてだった。
驚いている俺を横目に愛里那は続ける。
「近所に住んでるお姉さん的な存在の人なんだけど、小さい頃はこの感情は友達としての好きなんだって思ってた。でも心も体も成長すればするほど、これが普通じゃないって事に気付いちゃう。ウチがおかしいんだ、普通にしなきゃって思って焦っちゃってた」
「だから俺に告白したのか?」
「うん。将なら、好きになれるかなーって思った。人としてはもうとっくに好きだったから。美波ちゃんのことも好きだったし、あ、これは友達としてね? でも将はなんか良い人過ぎて、ウチはこの人騙してるんだなぁって思うと、将が好きって言ってくれる度に心の隅っこが痛かった。だから、辛かったけど将と離れて、これからは自分に嘘つかないようにしようって思ったの」
「そうだったのか……」
「嘘ついててごめんね? あ、初めてだったのは嘘じゃないよ? 男とするのはだけど……」
「そんなこと聞いてねーよ! でもお前は良かったのかよ。そんな気持ちで俺とヤッて」
「エッチすれば何か変わるかなって思ったけど、余計に辛くなるだけだった」
「俺、知らなかったから……ごめん」
「あ、勘違いしないで? 行為自体は好きだし気持ち良かったのもホント。ただ騙してるっていう後ろめたさが辛かったって話ね?」
「そう、なのか?」
俺には愛里那の言っている意味がよく分からなかったが、鵜呑みにするしかなかった。
「逆にウチの方こそ、将の初めて奪っちゃってごめん。気持ち悪いよね、こんなのが初めての相手なんて……ウチなんてカウントしなくていいよ。男なら言わなきゃ分かんないだろうし……」
「んな訳あるか、怒るぞ。俺はあのとき愛里那がいいと思ったんだ。これは俺の誇りだ」
愛里那は、またスーッと涙を流した。
「将がこんなに優しくなかったら、ウチらまだ一緒にいたかもね……」
「それは、どっちが良かったんだろうな」
「もうウチは自分に嘘つかないって決めたから。全部話したら、少し元気になった気がする……」
流れる涙を人差し指の背で拭いながら、愛里那は決意を新たにした。
「それは良かった」
「ねぇ、最後にさ、キス、してもいい?」
「なんでだよ」
「もうこれ以上、自分に嘘つかないように、これが男にする最後のキスだって、心に決めておきたいっていうか、なんかそんな感じ。その相手は、将がいい」
「これは光栄に思って良いんだよな?」
「当たり前じゃん、ウチ自分が可愛いの知ってるし」
「お前のそーゆーとこ嫌いじゃないよ」
「前は好きって言ってくれたのに?」
「おい、からかうなら帰るぞ」
「目、瞑って?」
言われるがまま目を瞑ると、少し時間を置いて、吐息と共に右の頬へ柔らかい唇の感触が伝わった。目を開くと、愛里那は憎たらしい笑顔をこちらに向けている。
「口にすると思った?」
「そりゃ期待しますよ」
「してあげよっか?」
「お前が決めた事に口出しはしねーよ」
「そっか。やっぱり、将は変わらないね」
どのみち終電がもうない為、朝まではここで過ごす事にした。朝になるまで、俺たちはくだらない話をして時間を潰す。
「もし将が寂しくなったら、ウチのこと都合よく使ってもいいからね。騙してた罪悪感もあるし、体の関係だけって割り切れば辛くはならないと思うし」
「それは遠慮しとくけど、恋愛相談はちょくちょくしてもいいか?」
「将、好きな子できたの? もしかしてまたあの何度も振られたって子?」
「それはおいおい話すよ」
「うん。連絡くれたらすぐ飛んでいくから」
「あと、たまにでいいから美波とも遊んでやってくれよ」
「そうだね。じゃあまた将の家行ってもいい?」
「おぅ、いつでも来いよ」
こうして俺と愛里那は、友達とも恋人とも違う、不思議な関係になった。これをなんと呼ぶのか分からないので、関係を聞かれた時は迷わずこう答える事にしている。
「元カノ」と。
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