日出 いずみはバイオリニスト
中学の時朱音といずみは一緒にクラリネットを吹いていました。
TUTTI(※トゥッティ、全体合奏)が終わり、朱音はクラをケースにしまっていた。今日はリード(※クラリネットの音源葦の仲間の植物から作られる)があまり良くなかった。基本的に箱買いするので、当たりはずれがあるのは仕方がないのだが。
「今日は調子出なかったみたいね」
ヴァイオリンの日出いずみが話しかけてきた。彼女は中学の時に一緒に吹部でクラリネットを吹いていた。高校は別々になって、高校では吹部がなくてオケ部だったのでバイオリンに転向して、そして大学オケでまた一緒になった。
「ちょっとリードがうまくなかったの」
「ああ、リード難しいよね」
「バイオリンは調子よかったね」
「うん。今日はストバイ(※1stバイオリンパートのこと)の先輩たちがが練習に出てる人数多かったし。ホルンも秋良が乗ってたしね」
「ホルン?」
「そう。結構ホルンがうまいの大事」
「弦楽器にとってってこと?」
「うん。弦楽器と相性がいいと思う。あと秋良は音程が良いのが助かる」
「ホルンがうまいとオケの全体の音が変わる感じあるよね」
「そうそう、特に秋良みたいな音のホルンは包み込む感じがあるもん」
「シューマンだっけ、"ホルンはオーケストラの魂である"っで言ったのは」
「うん。でも、上手なホルン吹きに出会わないと実感は難しいのよね。高校の時はなかった」
「うちらはラッキーってことかな」
「そう思う」
「…あのさ、聞いてもいい?」
「なに?」
「いずみってさ、どうしてバイオリンに転向したの」
朱音はずっと気になっていた。
「だってかっこいいし憧れるじゃない」
「でも、クラリネットはオケにもあるじゃない」
「うーん、そうだけど、やっぱ吹奏楽とオーケストラでは役割違うじゃない」
「吹奏楽はクラリネットは大勢で演奏するじゃない。でもオーケストラは違う。基本的にソリストのつもりでないと務まらないもん。一人でひとつのパートの責任を負うってところがね…。私には重荷だった。私は朱音みたいに上手じゃなかったし」
「そうだったの」
「まあ、バイオリンもたくさんで同じことするしね。バイオリンに転向するって言ったら歓迎されたよ。私はそういう風なところがいいみたい」
いずみはえへへ。と笑った。
「ところで、話はかわるけど。秋良って彼女いるのかな」
いずみの言葉にあかねはどきりとした。
「な、なに、いきなり」
「だってさ、あのあまーい音って彼女いそう」
「そ、そうかな。いないんじゃない。それにホルン吹きってオタクだって言うよね」
「あー。それね。楽器を溺愛しちゃってる。よく聞くね」
「そうなのよ」
「あれ?実感こもってる?」
いずみを見るとふふーんという表情をしている。
「い、いやいやそんなことは」
「へー。そうですか」
いずみのにやにやは止まらない。
「いずみー。一緒に帰ろー」バイオリンパートの方から声がした。
いずみは振り向いて「わかったー。いまいくー」と言うと「じゃあね」といってバイオリンの席へ戻って行った。
バイオリン席に向かういずみの背中からちらりと視線を右に移す。秋良がホルンパートのメンバーと何か楽しそうに話しをしている。
ふう。と朱音は小さくため息をついた。
ホルンとクラリネットはオケの配置としてはさほど遠くではない。でも近づくこともない。いつも同じ配置だから。でも、木管アンサンブルではぐっと近づける。話だってできる。今のところ演奏のことだけだけれども。
朱音は「ふう」と小さくため息をついて楽器をケースに仕舞った。