ヒナギク:あなたと同じ気持ちです
おずおずと、脇腹のあたりに手を回されてるのが見える。あったかいぬくもり、ひなちゃんからも、ぎゅってされてるんだ。優しい、ホットミルクみたいなかおり。
「……何でだろ、そういう風に『好き』って言われたの、初めてのはずなのに、そうじゃない気がするんだ」
……もしかしたら、聞こえちゃったかな。あの時、ほわりと沸いた熱に浮かされた言葉。何回も、起きてないか確かめたのにな。ぎゅってしたせいで、起きちゃったかな。
「言ったの、初めてじゃないんだ、……添い寝したとき、ひなちゃんはすぐ寝ちゃったけど、その後に」
「……だからかも、寝てるとき、少し、ふわふわしてたから」
よかった、そのことは、気づいてないみたい。目線、ようやく合わせられる。ひなちゃんの顔も、真っ赤になってるのわかる。
「よかった、……ちょっと、恥ずかしかったもん」
「そうだよね、……でも、どうして急に?」
「ぅ……、それ言うの、もっと恥ずかしいんだけど……、知りたい、よね」
「うん、いいかな?」
じゃあいいよ、なんて引くのに、いつものひなちゃんなら。それを忘れちゃうくらい、……恋ってもの、気になるんだ。そうだよね、自分に向かってる気持ち、確かめたくなるなんて、当たり前だよね。
「胸に、顔うずめてたでしょ?そのしぐさ、かわいかったし、……ひなちゃんの髪、すっごくいいかおりで、……ドキドキしちゃった」
また、顔見れなくなる。私が鼻が利くのは教えてたとは思うけど、……こんな理由を受け入れてくれるか、不安になる。不安が、恋におぼれる心をもっと早くさせてくる。
「そっか、……あのね、清美ちゃん、わたしのこと、見て?」
「ん、……何?」
嫌いになったなんてこと、ないよね。そんなこと、ないって信じてても、やっぱり不安になっちゃう。……見上げてみると、さっきよりも、ひなちゃんの顔、赤くなってる気がする。
「とっても嬉しかったんだ、……わたしのこと、あんなふうに見てくれて、優しくされたことなかったから」
「そうだったんだ……」
「……甘えていいよなんて言ってくれるから、キュンってしちゃった」
そんなの、気づいちゃったかな。甘い言葉、いっぱいくれる。不安がなくなっても、ドキドキは収まらない。……『すき』が、その分、大きくなってく。
「今更かもだけど、……清美ちゃんとルームメイトになれたの、大げさかとだけど、……運命かも、なんて思っちゃったんだ」
「……私もだよ」
クラスメイトで、部活も一緒で、趣味も近くて、話もよく合って。そんな人とこうやって一緒にいられるのって、どれくらいの確率なんだろう。
「清美ちゃんの『とくべつ』にだったんだね、わたし」
「……うん」
「恋って、こんな近くにあったんだね」
「それは、……私もびっくりだよ」
恋は憧れてるけど、自分には来ない。そんなこと、ひなちゃんは言ってたっけ。そんなことないよ、なんて軽口で言ってたけど、まさか、自分が恋するなんて思ってなかったな。息を呑むような音、私の目の前からする。ドキドキしてるの、うつっちゃったかな。
「わたしの名前の由来、ヒナギクだって言ったの覚えてる?」
「うん、覚えてるよ」
名前負けしてるかもだけどなんて、少し照れくさそうにしてたのも。漢字だと、鳥の赤ちゃんのほうで、びっくりしたのも。
「その花言葉、借りちゃうけど、……清美ちゃん、わたしも、……『あなたと同じ気持ち』だよ」
胸の中、どくんってなって、ドキドキが止まるんじゃないかって思った。はにかんだ、真っ赤になった顔に目がくぎ付けになる。
「ひなちゃん……」
「清美ちゃん、……いい、かな」
……ずるい。場違いな言葉が頭に浮かびかけて、控えめな声が返ってくる。……分かるよ、何したいか。私も、欲しくなってるから。
顔が、少しずつ近づいてくる。きつくぎゅってされてるせいでもないのに、このまま、動けない。目線が合わない。近すぎるのと、ひなちゃんが、首をかしげたせい。
「「……っ」」
ふにって、やわらかい。ためらいがちの温もりが、そっと離れる。……ちゅー、したんだって、頭が後になって追いついてくる。もう、さっきと同じとこにあるのに、まだ、頭の中がふわふわして、ひなちゃんの顔、ぼやけてる。
「好きだよ、清美ちゃん。……ちゃんと言わないのは、ずるかったよね」
「ちゅーのほうが、よっぽどずるいよ……」
「……ごめん、溢れちゃったんだ、全部」
「いいよ、……嬉しかったもん」
ぎゅってするひなちゃんの手、少しきつくなったような。……私も、いいかな。腰のあたりに手を回すと、いつもよりキレイな笑顔で返してくれる。……これじゃあ、ドキドキ、止まりそうにないよ。




