勇者パーティーの賢者です。
勢いで書きました
まずは語る前に、簡単に私の事を記そう。
伝説の勇者の生まれ変わりである勇者殿に誘われ、魔王討伐隊に入った者だ。
人は私を「賢者」と呼ぶが、そのような大層なもんじゃないことは、私が一番理解しておる。
攻撃から回復までの魔法を使いこなすのだから凄いのだろう、と思いたいのかもな。
実態は少しばかりの魔法を使えるだけのジジイだしな。
私が勇者殿に出会ったのは、勇者殿が魔王討伐の旅を始めて1年が経過したあたりだったかな。
その勇者殿との出会いは衝撃的だった、この言葉に尽きる。
なにせゴブリン1匹に追い回され、何も無いところで転び、ゴブリンによってパンツまで脱がされて尻を棒で散々叩かれた挙句に、尻の穴に棒を突っ込まれるという無惨な姿だったのだから。
即座に助けようと思ったが、あまりの情けなさに判断が遅れに遅れてご覧の通りだ。
このゴブリンが特別強いのかと問われれば、否。
そもそもゴブリン1匹程度なら、武器を持った成人男性でも勝てるのだ。
強いわけがない。
現に私の放った火の下級魔法で消し炭になったのだから。
「弱すぎじゃろう…」
この時の私は、彼がまだ勇者殿とは知らなかったが、それが勇者殿に抱いた最初の感想だった。
見かけた以上、このままにもしておけなくての。
治癒の下級魔法をかけて、その場を立ち去ることにしたよ。
尻に刺さった棒?
治癒の為とはいえ、触りたいと思うかね?
…つまりそういう事だ。
勇者殿と再会したのは、ゴブリンの件から2年後だった。
その頃には勇者殿の魔王討伐の行く末など、私はすっかり忘れておったよ。
興味もなかったからね。
勇者殿が拠点としている王国の国王陛下直々に召喚されてはね、赴かない訳には行くまい。
辺境に居を構えるとはいえ、私の住む地はその王国なのだから。
陛下との謁見はまあ…割愛するとして、この時に私は改めて紹介された少年が勇者殿と知る訳だ。
…誰だってゴブリンに負けて尻に棒を突っ込まれた者を勇者とは思うまい?
で、だ。
私が勇者殿と旅をするよう陛下に推薦したのが、勇者殿本人と旅を共にするメンバーだった訳だな。
ゴブリンの件は彼らは真っ先に逃げて、その様子を遠くから見ていたらしい。
揃いも揃って、と思わなくてもないが。
魔王討伐隊は、最初勇者殿と狩人を生業としていた幼馴染の二人から始まり、王国からは将来有望な兵士殿が、教会からはその慈愛の癒しの腕を見込まれた僧侶殿を加えて四人。
遅々として進まない討伐に、業を煮やしたタイミングで私が現れたようだ。
言ってはなんだが、狩人殿も兵士殿も僧侶殿も……体のいい厄介払いにしか思えんがな。
なぜ?
言わなくとも分かるだろう?
四人もいてゴブリン1匹から逃げる者達だぞ?
仕方無しに魔王討伐の旅路についた私だが、戦うのは専ら私だけ。
他の者は逃げ惑うだけ。
なんの為の『魔王討伐隊』なのやら。
旅をしていて幸いだったのは、現れる魔物の多くは私の下級魔法で倒せた事と、仲間たちがケガをしても私と僧侶殿の回復で間に合った事だな。
そうして私が魔王討伐隊の一員として旅を続けて2年が過ぎた頃。
「や、やったッス…」
「ようやく倒したな、勇者!」
「ええ、私たち、成し遂げたのね!!」
「みんなの協力があればこそ、だ!」
満身創痍で満足げに健闘を称え合う勇者殿には悪いが、勇者殿達はようやくゴブリン1匹を倒せるようになった。
……弱すぎるわっ!!
昼頃にゴブリンと戦い始めて、倒し切るまでに7時間はかかり過ぎだろうに。
お供にいたゴブリン2匹を秒で片付けた私は、ゴブリンと死闘を続ける勇者達の横で、余りにも暇だったゆえに昼食を食べ、お茶を嗜み、野宿と夕飯の用意を済ませたというのに。
どうしてこのような様で魔王を倒そうなどと思ったのか…
理解できん。…したくもないが。
私の思いに反して、勇者殿達の勢いは止まらなかった。
悪い意味で。
増長した、し過ぎたのだ。
もう魔王が倒せるとばかりの勢いで虚言を吐き、好き勝手に振る舞う勇者殿とその仲間達。
自信を持つのは結構。
しかし、自身の実力を見誤るのはいただけない。
たかがゴブリン1匹、倒したくらいで。
何より私にもマウントを取ってウザ絡みをしてきたのだ。
故に…
「「「「ごべんばはい」」」」
全力で殴らせてもらった。
その顔面に1発づつ。
おかげで四人全員の顔がこれでもかというくらい、腫れ上がっている。
「自信を持つな、とは言いませぬ。
多少強くなっても、上には上がいる事を忘れてはならん。
良いですな?」
全員が青い顔で必死にコクコクと頷いてみせた。
説教は苦手だが、より痛い目に遭うよりは良かったと思っている。
そうして更に5年が過ぎ、勇者殿達の実力は辛うじてゴブリンを1対1で倒せる程度にはなった。
中でも僧侶殿は、私怨もあって安定して倒しておったな。
その僧侶殿の私怨だが…
いつだったか、大量のゴブリンの群れが現れてな。
私がほとんどを下級魔法で倒したのだが、それでも抜けていくゴブリンもいて、勇者殿達が4対4で戦うハメになったのだよ。
結果?
勇者殿は再び尻の穴に棒を突っ込まれ、狩人殿は全裸で木に吊されて木の棒の先端で股間をつつかれ、兵士殿は下半身丸出しで尻ドラムされていたな。
そして唯一の女性である僧侶殿だが…
乳と尻を散々触られた後、それまで大興奮していたゴブリンだったが僧侶殿の顔を見た瞬間にスンとした顔になって、僧侶殿を触った手を自分の腰布でゴシゴシと拭いたのだよ。
それを見た僧侶殿は、…うむ、女性がしてはダメな顔をしていたな。
直後、その拳でゴブリン4匹タコ殴りにしていたのう。
あれは女性の怖さを垣間見た瞬間だったよ。
僧侶殿の名誉の為にも述べておくが、僧侶殿は美しい娘だ。
ただ中性的な顔だったのが、ゴブリンの嗜好に合わなかったのだろうな。
その後は勇者殿達の心の療養中、偵察のつもりで魔王城を訪れたのだ。
私のような下手な偵察でもアッサリ侵入できたことに警戒をしながら、魔王がいるであろう玉座の間に足を踏み入れると……
「だ…だ、れか…ぁー…」
不意に聞こえてきた小さく掠れるような声。
玉座から立ちあがろうとした姿勢のまま、側頭部に直角の角が生えた青い肌の老人がプルプルと震えていた。
顔は下を向いていて、玉座の間の扉が開いた事にも気づいてないようだった。
あれが魔王だろうか、とそう思った私は気付かれないよう、ゆっくりと玉座の間に体を滑り込ませると…
「……ぅ!…ぃ!…ぁ、ぁあ、あっ!」
老人の大きくなるうめき声と共に、鼻にツンとくる臭いに思わず顔を顰めた。
この臭いは良く知っている。
この角ジジイ、大小同時に、それも盛大に漏らしおったのだ!!
この臭さに耐えきれなかった私は、風の下級魔法で窓を開け放ち、玉座の間を換気した。
無駄に広い玉座の間で、玉座から最も遠いであろう扉にほど近い私の所まで臭いがほぼノータイムで届くのだから、どれだけクサいか理解してもらえるだろうか?
これによって私の存在がバレるだろうと覚悟を決めたが、老人は変わらない姿勢のまま
「だ、れ…かぁー…」
涙目で助けを求めていた。
それからたっぷり数十分悩んだ末に、私は老人を…つまり、魔王を助けることにした。
話を聞けば、どうやらギックリ腰で立つことも座ることも出来ず、丸1日以上あの体勢だったらしい。
加えて夜の冷えと便意に襲われ、更に半日ほど経過したところで私が現れたらしい。
私はその腰に治癒を施したところ、たちまち良くなったようだ。
「礼を言うぞ人間よ、おかげで腰が楽になったわい。」
威厳たっぷりに玉座へと座っているが、ギックリ腰に加えて盛大に漏らした魔王だ。
汚れた衣服や玉座とか床は、魔王自身が片付けた。
「…して人間、どうしてそこまで離れておるのじゃ?」
私の立っている場所は、魔王から一番離れた玉座の間の扉前。
ここから一歩でも前に進むとまだ臭いから、という言葉を必死に飲み込んで
「人と魔族は敵対した関係と聞き及んでおる。
私個人の思惑は別として、何があっても対処できる距離と思って頂ければ。」
「そうか、ウ●コ臭いからではないのじゃな?」
自分から話題に上げてきたが、スルー。
「ふ、戯れはこれまでにしよう。
お主はワシの命を狙いに来た賊かね?」
賊か、間違ってはいないが。
「魔王がどのような存在か、気になっただけの変人よ。」
「はは、変人か! それは良いのう!!」
ひとしきり笑った魔王は、信じられないことを言った。
「そうかそうか、いや、確かにそうじゃな。
人の生は短く、物事が正しく後世に伝わるとは限らんのう。」
「失伝した、と?」
そして語られたのは、信じられない話だった。
魔界はすでに魔王の手によって統一国家として平和を築き、争いは国の発展の為と国民の安全を守れるかという企業の競争、またはスポーツ大会という特定のルールを設けた場所で発散させる為に起こり得ないという。
中でも特に驚いたのは、100年毎に魔王と共に魔族達が人間の世界に現れる理由、それは魔界で最も発展に貢献した企業の慰安旅行らしい。
その期間は約10年。
魔王城周辺は魔王自身がかつて、人間と交渉して買いとった行楽地だとか。
「そして最後に魔王とは、じゃ。」
驚くことばかりではあるが、その口から語られたのは魔王と勇者の関係。
魔王が企業の会社員達を地上に連れて現れる前、魔王自身が勇者を選定し、10年以内に魔王城へと辿り着けるかのレクリエーション。
つまり、10年過ぎれば企業の会社員達は魔界に帰り地上は勝手に平和になる、という訳だ。
そして私が魔王城に訪れた今日は、正に慰安旅行が終わった翌日。
誰もいなくなった城で、居るはずもない城で、私は誰にも見つからないよう警戒していた間抜け、という訳か。
「選定された勇者はその事を知っているのかね?」
「いいや、素質の高い者を無作為に選んどるのう。」
「では勇者が生まれ変わるというのは?」
「先先代の勇者が存命の筈じゃ。
場所は教えよう、確認すると良い。」
「……今代の勇者殿が、ゴブリンより劣るのはなぜだ?」
「アレにはワシも驚いておる。
が、しかし…あの兵士のケツドラムは笑わせてもらったわい!」
つまり単純に勇者殿があまりに弱過ぎて、7年間も鍛えに鍛えてようやくゴブリンとほぼ互角に戦えるようになった訳だ。
他にも様々な事を知り、魔王は転送術で魔界へと帰っていった。
1人魔王城に残された私は、余りのバカバカしさに八つ当たりをしたくなったのは語るまでもない。
療養中の魔王討伐隊メンバーの元に帰ってきた私は、彼らに真実を語るべきか迷った。
しかし、魔王打倒を意気込む彼らと、負けると分かっても諦めずにゴブリンに挑み続けた彼らの姿を知っておるからこそ、何も言えなかったのう。
そうだな、勇者殿達が最終的に魔王城へと辿り着いたのは、それから更に8年もの年月が過ぎた頃だ。
気付けば私が魔王討伐隊として旅立って15年以上が過ぎていたよ。
実は私はあの日の翌日、勇者殿達に全てを話した。
しかし勇者殿はこう言った。
「教えてくれてありがとう。
でも僕は、魔王城まで行くよ。」
「何故に? 無意味だと理解しておるのでしょう?」
「僕らには、そこに意味があるんだ。」
「では勇者殿が言う意味とは?」
「そうだね、旅が終わったら教えるよ。」
そう言って笑った勇者殿と、頷き合う3人。
魔王討伐の旅は、街に寄れば笑われてはバカにされる毎日。
私の課したトレーニングも4人は諦めずにこなし、誰よりも遅い歩みだったとしても、踏み出された1歩は大きかったよ。
そうして辿り着いた魔王城。
魔王は素質の高い者を無作為に選定したと語った。
魔王城に辿り着いて、私はこの時になって気づいた。
戦闘能力の高い者ではなく、諦めない心を持った者を選んだのでは?と。
主の居なくなった玉座の間。
無人の城を抜けて辿り着いた、勇者殿達の最終目的地。
勇者殿はその玉座の前に立つとポツリと呟いた。
「終わった、ね。」
3人も黙って頷き合った。
勇者殿も振り向いて、3人を見て頷いた。
気付けば全員が私を見ていた。
「貴方のおかげで僕達はここまで来れました。」
「賢者さんはただ1人、オイラ達を笑わなかった。」
「こんな俺達に対して、真剣に向き合ってくれた。」
「最後までアタシ達を見捨てずにいてくれて、ありがとうございました。」
僧侶殿の言葉に全員が頭を下げた。
私が唖然としたのは語るまでもない。
語るまでもないが、彼らの事は正しく語ろう。
彼らが、彼が勇者として選ばれた時からの苦難。
勇者でなければ誰の気にも留められずに終わった物語を。
「僕達は自分が誰よりも弱いのを知っています。
誰にも期待されていないのも知っています。」
「そんな俺たちは、ただただバカにされては笑われて、力の無さに自嘲する毎日で心が折れかけてたぜ…」
「あの日、あの時、賢者様が勇者様の元に現れなかったら…」
「オイラ達、死のうと思ってたッス。」
心無い人々の言葉は、勇者殿達の心を削っては早々に追い詰めていたのだ。
私に旅の同行を願い出た時、断られたら死ぬつもりだったとな。
魔王討伐の旅を諦めなかったのは、私が見ていたから。
「「「「だから」」」」
勇者殿達が息を揃える。
「賢者さんに鍛えられた僕達は、最後まで成し遂げられるんだって所を見せたくて頑張りました!」
「もうダメ狩人なんて言わせないッスよ!」
「賢者のおかげで、俺は俺に自信を持てた!」
「一目惚れでした! アタシと結婚してください!!」
「「「「ふぁ?!」」」」
僧侶殿の予想外過ぎる突然の告白に、私を含めた全員が驚きの声を上げたな。
「えーと…僧侶の告白は後で返事を貰ってね?」
「改めて言うッスよ。」
「今度こそ合わせろよ?」
「分かってるわよ!」
「「「「今まで本当にありがとうございました!」」」」
再度下げられた頭に、私はどう言葉にしようか迷ったものだ。
しかし私が何かを言わねば、彼らがずっと頭を下げていただろう事は理解していた。
そんな彼らをずっと見ていたのだからね。
「勇者殿、狩人殿に兵士殿、そして僧侶殿。
頭を上げなさい。」
私の言葉に顔を上げる4人はまっすぐ私を見ている。
らしくないクサイ台詞を私は吐いたよ。
その自覚はある。
「君達は努力して私を超えるほどに強くなった。
そして旅を諦めず、ここまで辿り着いた事を誇りなされ。
その自信が、これからの君達を支える。」
彼らが努力した姿を思い出して涙が出そうになるのを堪えた。
「よく、…本当に、本当に良く頑張りました。」
私のこの一言で、4人は涙を流し、私もそれを見て涙を流すのを我慢できなくなってしまったな。
こうして旅は終わりを告げ、王国に戻った勇者殿達は魔王がもう居ない事を報告して、各々の生活に戻ることになった。
故にここから先の事は、彼らのプライベートな部分だ。
これにて筆を置こう。
この書記は英雄譚でもなんでもない、なんの力も持たない少年少女が世の理不尽に抗い続けただけの記録。
願わくば、彼らのこれからに幸多からん事を。
このような悲劇が再び起こらない事を願う。
王国暦1283年 赤星の月 15日
著 名もなき凡人
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
リアルで大役を押し付けられて、挙句に身の丈に合わない事は辞めろと笑われた経験はありますか?!
支えてくれる人がいても、僕なら心折れますw
【オマケの後日談】
勇者は故郷に帰り、年下の幼馴染の女性に告白をして結婚した模様。
賢者に届いた手紙には子を授かったとの報告があった。
狩人は故郷へ戻らず、王都で知り合った子と仲良くなったが実は男だったらしく、以来逃げ回る毎日を送ってるらしい。
ここ最近は話を聞かない為、捕まったようだ。
兵士は、兵士である事を辞めて旅に出た。
最初の1年ほど行方知れずだったが、その間に旅先で嫁を見つけて連れて帰ってきたようだ。
「あの朴念仁がなぁ。」とは僧侶の談。
僧侶は賢者に対して猛アピール、というか物理的に押し倒されて結婚する事になった。
賢者の何が良かったのか今だに謎。
2年後には子供が産まれる。
三人の子に恵まれ、僧侶と幸せに過ごした賢者。
その生涯は多くの家族や友人に看取られた。
中には肌の青い老人もいたという。