空の英雄
次の日の早朝[空の民]の里を出発した私達は、黒飛竜に遭遇する事無く王都に帰る事ができた。
発着場には誰もいないと思っていたが、建物の中から先生とマーカスさんやジョーンズさんが飛び出して来て、降りた私に先生が、シャーラン君にはマーカスさん達が抱きついて来た。
先生は「もうっ、心配したのよ!」と泣きながら私を抱きしめてくれたので、私も「ごめんなさい!」と泣きながら先生に抱きついた。
それから私は先生に、昨日は黒飛竜に遭遇して迂回したので遅くなった事。
シャーラン君が[空の民]の里に泊まれば良いと言ってくれて族長さんの家に泊めてもらった事を伝えた。
先生はシャーラン君に「良い判断だったわ。シャーラン君ありがとう」とお礼を言ってくれた。
だけどジョーンズさん達は黒飛竜の事が気になったみたいで、今後の飛竜便をどうするか検討しなければならないと言っていた。
私はシャーラン君のお父さんが黒飛竜の上を飛んで回避した話をして、王立大学のダストン・メジーロ教授が有効な方法を知っているかもしれないので、話を聞きに行きたいと言った。
王立大学にはリジス先生の友人が多数おられるそうで、その方を通じて紹介してもらう事になった。
そして私達は疲れただろうと家に帰ったのだった。
帰って先生に聞いたのだが、先生の本は飛竜便で今まで配達できなかった国内各地に本が行き渡った事で印刷が間に合わないほど追加注文が入っているらしい。
今まで手に入らなくて諦めていた人にも読者層が広がるだろうとの話だった。
私はお役に立ったようで誇らしい気持ちだった。
もちろん先生は私にも新刊を用意してくださっていた。先生のサイン本だ。「ジェンナに感謝を込めて」の言葉が嬉しかった。
それからしばらくして、王立大学のメジーロ教授から面会了承の知らせが届いたので、シャーラン君と王立大学を訪れた。
王立大学は、ベルーガ王国の最高峰の大学である。
歴史を感じさせるレンガ造りで、樹々に囲まれた趣きのある建物だった。
時間通りに着いた私達が受付で待っていると、教授の秘書の男性が迎えに来てくださった。
黒の立て襟になったシャツを着た若い男性だった。
「お待ちしていました。教授も首を長くして待っていらっしゃいますよ」と歓迎してくださった。
教授の部屋は広い部屋の周りか本棚で埋め尽くされ、更に道具や標本が置かれて雑然としていた。
「ようこそ!ジェンナ嬢、シャーラン君、待っていましたよ!」
メジーロ教授は、気さくに話しかけてくれる陽気な近所のおじさんという感じの人だった。
挨拶を交わして、椅子を勧められた私達の前に秘書の男性がすぐにお茶を出してくれた。
「彼は私の秘書でスピアーノ・ジルド。こう見えて冒険者としてA級ライセンスを持っているので、あちこち探検したりする時には頼もしい存在なんだよ」と教授はスピアーノさんを紹介した。
「さて、リジス・ベルモンド侯爵令嬢から聞きましたが、シャーラン君は[空の民]のページャン氏の息子さんだってね?
君のお父さんは勇敢で頭の良い素晴らしい人だったよ。本当に惜しい人を亡くした」
教授は本当に悔しそうな様子でページャンさんと青飛竜に乗って王国中を回った事を話してくれた。
「教授、それで伺いたいのですが、この間、シャーラン君と青飛竜に乗っていた時に黒飛竜と遭遇したのですが、教授の本に黒飛竜より上を飛んだという記述を真似して上を飛んで回避できたのです。なぜ黒飛竜が襲ってこなかったのかご存知ではありませんか?」と私は教授に尋ねてみた。
「うむ…」教授は立ち上がると、部屋の棚の上から2つの頭蓋骨の標本を持って来た。
そして、まず頭蓋骨を指してこう言った。
「こちらの小さいのが青飛竜の頭蓋骨。そしてこちらの大きいのが黒飛竜の頭蓋骨なんだが、違いがわかるかな?」
私とシャーラン君は初めて見る頭蓋骨に驚きながらも違いを見つける為にじっくりと観察した。
「こっちの大きい頭蓋骨は、目の部分が小さいのより下の方にあると思います」とシャーラン君が目のくぼみを指で指しながら答えた。
「そう、それが君達の質問の答えになる。黒飛竜は、空の覇者。黒飛竜より強い存在は空にはいないんだ。
そして一番身体が大きく高く飛べる飛竜でもある。それは自分より高い場所を見る必要が無いとも言える。
だから、目の位置がだんだんと下の位置に下がって行ったのだよ」
「目の位置が変わって行ったんですか?」私とシャーラン君はビックリして頭蓋骨を見つめた。
「そう、この青飛竜の頭蓋骨を見てご覧?上を飛ぶ黒飛竜も下の地上も両方とも見える絶妙の場所に目があるだろう?長い時間をかけて彼らは自分達が都合の良いように進化してきたんだよ」
「青飛竜も黒飛竜も飛竜は全部同じだと思っていました…」
「青飛竜も赤飛竜も黒飛竜を警戒する為に上空を見られるようになっているんだ。視力も黒飛竜より良いだろうな。つまり黒飛竜より上を飛べば見つからずに助かる可能性は高い」
「そう言えば、黒飛竜より高い所を飛んでいる時に偶然、太陽と黒飛竜の間に入って影が黒飛竜にかかったら黒飛竜が「ケーン」と鳴いて逃げて行ったんです」
私がこの前の経験を話すと、驚いた表情で教授が教えてくれた。
「それこそがページャン氏が発見した黒飛竜の弱点なんだよ!」
「黒飛竜の弱点?」
私とシャーラン君の声に、教授はうんうんと頷きながら答えた。
「黒飛竜は自分が空で一番強い空の覇者だと知っている。だから自分より高い場所を飛ぶ存在はいないと思っているんだ。なのに太陽の光を妨げる存在が上空にいるというのに恐怖を感じるんだろうな。だから影が自分にかかると逃げたのだろう。実はこの話はページャン氏の経験談にもあった話なんだ」
教授は黒飛竜の頭蓋骨と青飛竜の頭蓋骨を両手で持って位置関係を説明した。
「ベージャン氏がある日いつもより高い場所を飛んでいた時、たまたま下に黒飛竜が飛んでいて、自分の影が黒飛竜にかかったそうなんだ。そうしたら黒飛竜が恐怖に駆られたように逃げ出したらしい。
それで彼は黒飛竜より高い場所を飛べば助かるのではないかと考え、私に教えてくれたんだよ」
「お父さんが…」シャーラン君は教授の話に声を詰まらせた。
「これから話すことは、シャーラン君には酷な事かもしれない…が聞いて欲しい。
私はページャン氏とベルーガ王国を回った時にその話を聞いて、黒飛竜の回避ができるのではと仮説を立てたのだ。
それで、サースタン王女の腰入れが終わったら、その仮説を検証しようとしていたんだよ。
しかし、その前にページャン氏達は黒飛竜に襲われてしまった…」
「では、ページャンさんが乗せていた王女を下ろして再び空に戻ったのは?」
「うん、黒飛竜より高い場所を飛んで影を黒飛竜に当てようとしたのだろう。しかし、それは仮説で本当に黒飛竜を撃退できるのか、まだ実証されていなかった。
だから、彼は我が身を投げうってターゲットになった赤飛竜の前を飛んだのだ」
「黒飛竜を撃退する方法を知っていて犠牲になられたのですか?」
「そうだ。彼は黒飛竜の撃退法を知っていたが、王族の荷物を乗せた赤飛竜を襲われたら[空の民]が責任を取らされる事をわかっていた。
考えてごらん。サースタン王国の威信をかけた花嫁行列だ。ベルーガ王国の国民が皆外に出て、空から来る花嫁に注目していたんだ。その花嫁行列が黒飛竜に襲われたらどうなるか?
最悪[空の民]は部族ごと処刑されていただろと私は思うよ。
だから、ページャン氏は実証されていない撃退法を使うこと無く、我が身を差し出したのであろうと教授は語った。
「私はページャン氏の仮説を裏付ける為に黒飛竜の生息地を探して、ようやくウェナから東にある火山島ラーダ島に黒飛竜の生息地がある事をつきとめたのだ。
そして今年の春、A級ライセンスを持つスピアーノ君とラーダ島に渡った。
黒飛竜は火山の地熱で卵を温めていた。いくつかあった巣の中でこれを見つけたのだ」と、箱の中から革でできた手綱を取り出した。
手綱にはページャンと名前が刻まれていた。
「父さ…いえ父の手綱に間違いありません。父はラーダ島に連れて行かれたのですか?父の亡骸は無かったのですか?」
「黒飛竜の巣の中には人間の骨は無かった。しかし、その手綱の側にあったのが、その青飛竜の頭蓋骨だ。
青飛竜は王都で黒飛竜に咥えられてラーダ島に運ばれたのだと思う。その時ページャン氏の身体は振り落とされてしまったか…どうなったのかはわからないのだ」
「そうですか。父の手綱だけでも見つけてくださってありがとうございました。これを父のお墓に納めたら母も喜ぶと思います」
シャーラン君は下を向いた。ポタポタと涙が床を濡らして彼が泣いているのがわかった。
「もし、君がページャン氏の意思を継いで、黒飛竜の生態をもっと研究したかったら私の研究室に来ると良い。君の父上は紛れもなく空の英雄だ。私は国王陛下にこの事を報告しようと思っているんだ。
王立大学は貴族しか入学できないが、父上の功績で君が入学資格を得られるようバックアップをしよう」
「ありがとう…ござ…います」シャーラン君の涙は止まる事無く、私も一緒になって泣いてしまった。
後日、国王陛下から亡くなったページャン氏に感謝の言葉と男爵に叙爵される事が発表され、シャーラン君が成人したら男爵家を継ぐ事が許された。
「でもな、俺読み書きできないから大学行けないんじゃないだろうか?」
シャーラン君から、そんな衝撃的な話を聞いたのは
男爵位を得る為に王城へ向かった日の事だった。
「シャーラン君、読み書きできなかったの!大学は入学試験があるんだよ!」
いくら男爵になって入学資格が得られても入学試験で合格できなければ教授の研究室に入る事はできない。
「わかったわ、私今孤児院の子供達に勉強を教えているの。シャーラン君も一緒に勉強しましょう。私も大学行きたいから一緒に合格目指して頑張りましょうね!」
こうして私は孤児院の子供に加えてシャーラン君の勉強も見る事になった。
本の配達もあるから毎日大忙しになりそうな気配だった。