黒飛竜との遭遇
その夜、私は図書室にある私が書き写した本を読み返していた。
それは王立大学の教授でダストン・メジーロ教授の本で「ベルーガ王国の気候と自然」という本だった。
メジーロ教授の本には、ちょうど今の時期、海から吹く風に乗って渡って来る渡り鳥を狙って黒飛竜が現れたと書いてあった。
教授も実際に[空の民]が操縦する飛竜に乗って王都中を飛んだようだった。
黒飛竜が現れた時に教授を乗せた飛竜は、更に空高く上がって飛んだそうだ。
黒飛竜を見つけて、なぜ更に高く飛んだのかな?
それだけしか書いていなかったのだが、妙に気になった。
その飛行の協力者の所としてベージャン・ランドとあった。
ランド?シャーラン君と同じ名前だ。
明日シャーラン君に聞いてみようと思った。
3日目は王都から西から南。[空の民]が住むマンドラ山脈に向かって一周するコースだった。
昨日行ったウェナは半日だったから、ウェナから南に行けば良いのだが、今は海からの強い風がちょうど向い風になっていて、王都から西回りで行った方が効率よく行けるのだそうだ。
私達はもらった地図の通りに順々に本を配達して行った。
各地に配達したが、早くて本を大量に運べる飛竜便に驚きと感謝の声が聞こえてきて、私達は誇らしかった。
昼休憩はまた山の眺めの良い場所でとった。
今日のお弁当は挽肉と玉ねぎを炒めて味をつけた具をパン生地に包んで揚げた揚げパンと、小豆や木の実を甘く煮たものが入った揚げパンだった。
噛んだらジュワーと肉汁が溢れてくるパンと甘いパンは疲れた体が喜ぶ美味しさで、私達はまた夢中になって食べた。
「シャーラン君、ちょっと聞きたいんだけど、ベージャン・ランドさんって知ってる?」
シャーラン君は、口の周りに付いた油をタオルでゴシゴシ拭いていた手を止めた。
「それは俺の父さんの名前だ」
同じ苗字だったからもしかしてと思っていたが、やはりメジーロ教授と飛竜に乗っていたのはシャーラン君のお父さんだったらしい。
私は王立大学のメジーロ教授の本に協力者として、ベージャンさんの名前がある事。
黒飛竜が現れた時に、ベージャンさんは黒飛竜より更に高く飛んだと書いてあった事を話した。
今の王妃様はサースタン王国から飛竜を使った腰入れをされた。
そこで黒飛竜に襲われてベージャンさんは亡くなったが、シャーラン君はまだ生まれて間もなかったから、メジーロ教授の話を聞く事は無かったのだろう。
シャーラン君は、その話にとても驚いたようだった。
「黒飛竜に遭遇したのに無事に帰れたのか?そんな事聞いた事が無いぞ!黒飛竜は獲物と思ったらどこまでも追いかけて来るんだ。
それなのに黒飛竜より高く飛んだからって助かるものなのか?」
お父さんが生きていたら、なぜそんな事をしたのか聞く事ができただろう。でもお父さんはもういない。
その話は里の大人も聞いていないようだった。
シャーラン君は、図書館にあるその本を読みたいと言った。
何か他に手掛かりになるような事が書いてないか調べたいらしい。
私達はこの仕事が終わったら、図書館に行ってメジーロ教授の本を探しに行く事にした。
それは昼休憩が終わって間もない頃の事だった。
青飛竜が突然「ケーーーン!」と鳴いた。
シャーラン君が「やばい、黒飛竜だ!」と叫んだ。
私には見えないが飛竜とシャーラン君に見えているらしい。
さっき話したばかりのお父さんの記述が思い浮かぶ。私達は顔を見合わせて頷いた。
「まだ奴には見つかっていないが、気がつかれたらすぐ食われるぞ。一か八かさっきの話の通りやってみるぞ!」
「うん、わかった!」
シャーラン君は、手綱を引いて飛竜を高く飛ばし始めた。高く高く飛竜より高く。
豆粒のように小さかった姿がどんどん大きくなって行く。
「大きいっ!」
黒飛竜は青飛竜の2倍はあろうかという大きさだった。荷物をたくさん載せられる赤飛竜より大きいだろう。こんなに大きかったら、青飛竜なんて一噛みでやられてしまう。
私は今更ながら怖くなって震えていた。
しかし青飛竜が黒飛竜の真上を飛んでいた時だった。
ちょうど太陽と黒飛竜の間に青飛竜が入って青飛竜の影が黒飛竜にかかった。
すると、黒飛竜は突然「ケーーーン!」と鳴くと、いきなり方向を変え逃げて行ったのだ。
「えっ、なぜ?」
逃げて行く黒飛竜を見て、私達は首を傾げた。
しかし黒飛竜が引き返して来る事も考えられるので、私達はできるだけ高い高度で警戒しながら飛行を続けたのだった。
警戒しながら飛んだので、全部の荷物を配達し終わったのは太陽がもう沈む頃だった。
暗くなったら飛竜は飛べないので、これでは王都に帰れない。
困った私にシャーラン君が、ここからなら[空の民]の里が近いから泊まって行けと言ってくれた。
空の民の里は、地震の影響で里と近くの村や街を結ぶ道は崖崩れで通れなくなっているそうだ。
この里は飛竜がいなかったら、里から入る事も出る事も出来ず孤立していただろうと言っていた。
民家で被害を受けた所もあるが、里の族長の家は被害が無く、離れに人を泊められるようになっているのだと言う。
私は族長の家に泊めてもらう事になった。
シャーラン君は青飛竜を廐舎に入れて戻ってきた。
「さっきの黒飛竜の話を族長にしなければならない。
ジェンナも一緒に行って話してくれないか?」
族長の男性は、シャーラン君のお祖父さんだと言う。
亡くなったシャーラン君のお父さんが後を継ぐ予定だったが、亡くなったので弟の叔父さんが後継になるそうだ。
「シャーラン、黒飛竜に遭遇したそうだな?大丈夫か?」
叔父さんがシャーラン君を見つけ話しかけてきた。
「そうなんだよ、叔父さん。あっ、この人が作家のブレナン先生の仕事を一緒にしているジェンナさん。
ちょうどバレンザの東50㎞を飛んでいた時に黒飛竜が見えて、ジェンナさんが言う通り黒飛竜より高く飛んだんだ。そうしたら黒飛竜がいきなり「ケーン!」って言って逃げて行ったんだよ。あれ何なんだったんだろう?」
「何?黒飛竜が逃げた?ありえんだろう、そんなの!その話、じいさと一緒に詳しく聞かせてくれ!」
私達は族長の屋敷でシャーラン君のお祖父さんに事情を説明する事になった。
そこで、王立大学のダストン・メジーロ教授の本に亡くなったベージャンさんが黒飛竜の上を飛んで生還した話があって、今日はそれを真似たのだと言ったら、お祖父さんも叔父さんも大変驚いたようだった。
「王立大学の教授の依頼は覚えています。あれはサースタンの王女が腰入れする直前の事でした。
青飛竜を1週間借りて、ベルーガ王国を空から回りたいといわれましてな。青飛竜の操縦が一番上手かったベージャンが仕事を引き受けました。
あの時、黒飛竜に遭遇したと話をしてくれていたら、サースタンの話は断っていたのに…。なぜ言ってくれなかったんだ。
「いや、サースタンの話は教授の依頼の前から来てたし、王族からの依頼だ。断れない話だったよ。たぶん兄さんは、黒飛竜に遭遇したと言ったら、残りの教授の仕事も中止されると思ったんじゃないだろうか?」
「そんなに教授の仕事がしたかったのか?そんなに高い報酬じゃなかったと思うぞ?」
「じゃ、なぜ兄さんは高い所を飛んだんだろう?わからないな」
お祖父さんと叔父さんは、なぜその事を話してくれなかったのか喧嘩腰になって話し始めた。私は2人の言い合いを終わらせる為に仲裁に入った。
「わかりました。私が王立大学のメジーロ教授に会って話を聞いてきます!教授に聞かないと真実はわからないでしょう。シャーラン君も一緒に来てね!」
「お…おう」
シャーラン君と2人で王立大学に行って確かめる事にして、私は離れにある客室で休ませてもらった。
明日は朝早く起きて王都に出発しなければならない。
今日帰れなかったので先生が心配しているだろう。
私は考える事はたくさんあるのに身体が疲れきっていて、横になったらすぐ寝入ってしまった。