15年前の悲劇
先生が黒飛竜について皆に教えてくださった。
今の陛下がまだ王太子だった15年前の事。
隣国であるサースタン王国の第一王女だったミモーヌ様がベルーガ王国に嫁いて来られたそうだ。
両国の間にはマンドラ山脈という標高3000メートルを越す山々がそびえ立っており、サースタンの王都からベルーガに行くには、山脈を迂回するか、[空の民]と呼ばれる山岳民族から飛竜を借りて山脈を空から越えて行くしか方法が無かった。
サースタン側は、迂回して3ヶ月かけるより飛竜でベルーガに向かうと決めた。
先頭の小さな青飛竜に王女を乗せて 、続く10頭の赤飛竜に侍女達と嫁入り道具を載せた。
王女一行は直接ベルーガ王国の首都ベカを目指したのだが、王女を乗せた飛竜一行が王都上空に着いた時、どこからか1頭の黒飛竜が現れた。
黒飛竜は腹が減ったら同じ飛竜でも襲う事がある。
先頭で青飛竜を繰っていた男性は、王女を歓迎する為に華々しく飾り付けられていた王都に王女を下ろすと、すぐに上空に戻り最後尾にいた赤飛竜の所に向かった。
黒飛竜は性格が獰猛で一度ターゲットにした獲物に執拗に攻撃して弱らせて食らうのだ。
普通は狙われた飛竜は積んでいる荷物を捨て逃走を図るのだが、今回はサースタン王国が贅をこらした嫁入り道具だったのが災いした。
赤飛竜を操縦していた男は、花嫁道具を捨てる判断ができなかった。
それで仲間の赤飛竜から更に遅れてしまったのだった。
青飛竜は飛ぶが速いので、何とか追いついて撹乱しながら赤飛竜を逃そうとした。
赤飛竜が次々に王都に降りて、あとは狙われた赤飛竜と青飛竜だけになった時、黒飛竜は突如赤飛竜から青飛竜に向きを変えて、操縦していた人間共々青飛竜を一噛みにして咥えたまま去って行ったのだ。
最後尾の赤飛竜は無事に着いたが、青飛竜と操縦していた[空の民]の族長の息子は、黒飛竜に咥えられたまま連れ去られて見つからなかった。
結婚して子供が生まれたばかりの若い男性だったと言う。
先生は王宮侍女になったばかりの頃で、王宮からその様子を見ていたそうだ。
泣き出す王女と恐怖に震える侍女達をすぐに王宮に迎え入れ介抱したと言っていた。
そんな獰猛な黒飛竜が15年の時を経て現れるなんて…と先生は声を震わせていたのだった。
「15年前にそんな事があったんですか…」
マーカスもジョーンズも初めて聞いたらしく、顔を青ざめさせていた。
「でも15年前に現れた黒飛竜と最近目撃された黒飛竜が同じ飛竜とは限らないんでしょう?」
兄のアーロンが聞いた。
「そうね。同じ黒飛竜とは限らないわ。でも王都の人は、あの悲劇を覚えている人も多いわ。
黒飛竜がまた王都に現れたら、人々がパニックになるかもしれないわね」
先生の話を聞いていた取次会社のジョーンズが言った。
「でも、今回[空の民]の方から仕事で使ってもらえないかと打診があったんですよ。彼らが住む里の近くで地震があったらしくて、多数の家が被害に遭ったそうです。
それを補修をする為に15年ぶりに飛竜を使って仕事をしたいんだそうです。
まあ、山の生活で稼ごうと思ってもなかなか稼げないですからね。飛竜を使ったら独占事業ですから大金が転がり込んでくる。
15年前の事を考えるとやりたくないが、里の家々が壊れたら、やらざるを得ないのでしょう」
「その話を聞いていたからジェンナさんと青飛竜を組ませる話が進んだのよ。
来週、飛竜とその乗り手がこちらに来るそうだから、顔合わせしましょうね。
さっき話した、15年前青飛竜に乗っていた[空の民]の男性が残した息子だそうよ。
名前がシャーラン・ランド君。15才ね。ジェンナさんとは同い年ね。
王都に来るのは初めてだそうだから、いろいろ教えてあげてね」
何か複雑な事情がありそうだなと思いながら、先生の言葉に私は「はい、わかりました」と答えたのだった。