人の夢 飛竜の願い
「いやはや、嫌な役をさせてすまなかったな。
其方達が一緒に行ってくれて助かったわい。
あの慎重で抜け目のない王弟を島に誘き寄せるにはどうしようかと思っておったのよ」
神殿に帰った私に神殿長は、そう言って私達を労ってくれた。
青飛竜は知能が高い。5000年前の内乱で魔法使いと共に戦い、多くの仲間を失った青飛竜は、戦いを極度に嫌うようになった。
再び青飛竜を戦争に使おうとした王弟を青飛竜は(排除する)と決めたのだそうだ。
かつて、ジゥラは幼き頃の姉弟を自分の背に乗せて空を飛んで遊ばせたと廐舎長は言っていた。
それでもジゥラは親しかった王弟を最後に容赦無く切り捨てた。
戦いに利用されたくないという青飛竜の意思がよくわかる。
私は青飛竜と暮らすのに、いくら親しくても乗り越えてはならない一線があるのだと心に刻んだのだった。
「其方達、青飛竜で荷物を運ぶと言っておったな。
飛竜で何を運ぶつもりだ?」
「本です!」
「本?」
「私が敬愛するリジス.ブレナン先生の本を世界中に届けて、先生の語る愛を広げなければなりません!
先生は次の新作で騎士団長と副騎士団長の恋物語を書いておられるのですが、最初の方の原稿を読ませていただいただけでも鼻血が出るかと思いました。
今まで男性と女性の恋物語しか知らなかった私は何て不幸だったのでしょう!
先生の書かれた男性同士の愛の物語を読んで、私はわかったのです!
この本は世界中の女性が待っていると!
この本を世界中に届けなければならないと!」
「ジェンナ、それくらいで。神殿長が付いて行けなくなってる」
はっと気がついて私は神殿長の方を見ると、神殿長は口を開けて呆然としておられた。
代わりにシャーラン君が説明することになった。
「今は荷物を運ぶのは中型の赤飛竜が担っています。ですから荷物は国内しか運べません。
でも、ジェンナの空間収納で育っている黒飛竜の卵が育てば、山脈や海を越えて荷物を運べるようになります」
「何!黒飛竜の卵だと!ラーダ島の噴火であの島の卵は全滅したはずだ!どうやって運んだのだ!」
「えっと、私の空間収納に入れて孵化温度に保ちながら育てています」
私は空間収納に入っている黒飛竜の卵を神殿長に見せた。
神殿長はしばらく見つめていたが、大きく溜息をつくと私の顔を見つめた。
「黒飛竜の長が神殿に卵を助けてくれと言って来た。人をやってラーダ島に行った時には、卵があった場所は礫や灰で埋め尽くされて、見つける事ができなかった。
まさかあの噴火の中で卵を助けた者が居たとはな」
「ベルーガ王国の王立大学では、地質気象も研究していますし、黒飛竜や赤飛竜の生態も研究し始めた所です。これから研究が進んだら飛竜の住む環境はもっと良くなるでしょう。
私達の仕事に飛竜を使わせていただくのですから、少しでも飛竜の居心地の良い環境を整えたいと思っています」
「ここに青飛竜が加わってくれれば、私の友達の孤児達も飛竜に乗って配達の仕事ができるようになるかもしれません。
生まれは孤児ですが、空間収納のスキルを持っているし魔力もあります。
王都のレストランの料理を空間収納に入れて地方に宅配する事業もやっているのですが、もう黒字化できています。将来的には、この仕事も孤児に任せようと思っているのです。
自分の力で仕事をして自立しようと頑張っている子供達がたくさんいます。あの子達には青飛竜が必要なんです!」
私は青飛竜の必要性を訴えた。
しばらく神殿長は表情を変えずだまりこんでいたが、突然笑いだした。
「ワハハハハハ…これは面白いわい。世界中から破壊をもたらす空の悪魔と恐れられていた青飛竜が、5000年後には本や料理を運ぶようになるとはな!これは愉快じゃ!」
そして笑いが止まらない神殿長はこう言った。
「青飛竜は本や料理を喜んで運ぶだろう。あれらは戦争に関わる物は排除するが、人を乗せて飛ぶのは大好きだからな。
本当は寂しがり屋で人懐っこい性格なのじゃ」
「は…はあ」
「人は青飛竜を魔物だと思っているから、青飛竜が言葉がわかると思っておらぬ。
青飛竜の側で秘密をベラベラ喋るだろう。
その秘密は飛竜を通してわしに伝わる。これは面白い話が聞けそうじゃわい。ククク…」
神殿長が黒い笑顔で笑った。こっ、怖い…
「決めた。其方らに青飛竜を与えよう。実を言うと、クゥが飛竜の門を開けた事で、青飛竜の若い女飛竜達がクゥの伴侶になりたいと騒いでおっての。
一緒に付いて行きたいそうじゃ。
それに若い男飛竜も何頭か付いて行きたいと言っておる。仲間ができて良かったのぉ」
「えっ!」
まさかのクゥのモテ期到来だった。
「しかしミメラジーナは石化の治療をして以前の生活に戻るのに半年はかかるだろう。
ジゥラはここに残して行ってもらえんじゃろうか?」
「はい、喜んで!母をよろしくお願いします!」
飛竜の門を使えばここにはすぐ来れるのだ。ミメラジーナさんは治療に専念してもらって、度々お見舞いに来させてもらおうとシャーラン君と話した。
「あとお願いなのですが、黒飛竜が他の飛竜を襲うのをやめさせる事はできないでしょうか?
私の父は17年前に青飛竜に乗っていて黒飛竜に襲われて亡くなりました。
空の安全を考えると、黒飛竜の襲撃を防がなければなりません」
「何?17年前にそのような事があったのか?」
神殿長は、側近に命じて報告があったのか調べさせた。
そして報告を聞いた神殿長が口を開いた。
「17年前、素行の悪い黒飛竜が1頭サースタンの王女の花嫁行列を襲ったそうだな。
その時の黒飛竜は、咥えた乗員ともみ合いになって、この群島の中のどこかの島まで逃げて消息を絶ったそうじゃ」
「えっ乗員も一緒にですか?」
「うむ、そのようじゃ。そう言えば何年か前に人が島にいると目撃情報があったな。
あれがその時生き残った其方の父かもしれん。
確実な話ではないがな」
「父が生きているかもしれないと?」
「まだわからん。そうじゃ、ミメラジーナが回復したらミメラジーナに探させよう。
いくらあるかわからない数の島だが、あれなら端から端まで喜んで探すだろう」
「母に探させるのですか?」
「王弟を置き去りにしたような島でなく、水や森のある島もある。生き残っている可能性はあるぞ」
シャーランは自分で探しに行きたかったが、父の形見の手綱を渡してから母が体調を崩したのを思い出した。
母が自分で夫を探したいと言えば、その方が良いような気がしてきたのだった。
「黒飛竜には二度と他の飛竜を襲う事が無いよう申し渡す。破ったものには相応の罰を与えよう」
「よろしくお願いします」と私とシャーラン君は頭を下げた。
「さて最後の話じゃ。わしは其方達が青飛竜を平和のために使うと言っていたら関わるのをやめていただろう。5000年前も平和のための戦いだと言われて裏切られたからな。
それを其方達は本と料理を運びたいという。その飾らない言葉が嬉しかったぞ。だからアッソード神殿はこれより其方達の後ろ盾になってやろう。
飛竜達を使って存分に働くが良い」
嬉しそうに話す神殿長には申し訳ないが、アッソード神殿の後ろ盾がどれだけの力を発揮するのだろうか?
私達は自分の力の及ぶ範囲で地道に頑張りたいのだが、神殿長のはしゃぎっぷりがちょっと不安を感じさせるのだった。
こうして私達はベルーガ王国に帰る為にアッソード神殿を後にした。
「よろしかったのですか?幻影の魔法まで使って人の前に現れるなんて。人に関わるのをあれほど嫌っておられたのに」
神殿長に声をかけたのは側にいた男性だった。
「なに、久しぶりに青飛竜と人が一緒に広い空を飛び交う姿が見られると思うと嬉しかったのよ。
5000年の間、ラフランの王族にしか青飛竜は与えてなかったからな。わしももうちょっと若かったら荷物を運んでみたかったわい」
そこに神殿の中には神殿長の姿は無く、老いた青飛竜が2頭、飛び去って行く青飛竜達を見送っていたのだった。




