情けは人の為ならず
私は住む所と働く所が決まった事を伝えに騎士団にいる兄に報告しに行く事になった。
玄関に置いた3000冊の本は、また図書室に置ける事になったので、私の収納空間は今空っぽである。
身も軽く、気分も明るくなった私は、浮かれ気分で屋敷を出たのだったが、なんと屋敷の門を出た瞬間に10人くらいの子供達に取り囲まれてしまった。
「あなた達何なの?なぜ私がそんなに睨まれなければならないのよ?」
子供達の中から、ちょっと大きな男の子が現れた。
「おまえ、荷台の荷物をどこへやった!」
「荷台の荷物?ああ、リジス先生の本の事?それなら屋敷の新しい図書室に置いたわよ」
「なんで勝手に持って行くんだよ!俺がせっかく車軸が折れるよう細工して、俺達が人海戦術で荷物を運んで礼金せしめようとしたんだぞ!
それを横取りしやがって!どうしてくれるんだ!」
「はは〜ん、荷台の車軸が折れたのは、あなた達の仕業だったわけね。目的地に近くなった所で動かなくして、先生からお金をせしめようとしたわけだ」
「そうだよ!どうしてくれるんだ!せっかく今日は美味いものを腹いっぱい食おうと思っていたのに、おまえのせいで全部オジャンだよ!」
「待って!車軸を折るなんて犯罪じゃない!そこにいる小さい子も犯罪に巻き込んでいるの?」
「小さくたって働かないと生きていけないの!
おまえみたいに貴族の子と違ってな!
孤児院で腹いっぱいなんて、こうでもしないとできるわけないんだよ!」
「孤児院…」
私は周りを囲む子供達を見た。どの子も痩せ細って服もつぎはぎだらけだった。
私もさっきまで家も職も無く、先生に拾ってもらわなかったらどうしてただろう…。
とても私は彼らを諭せるような立場では無い。
「孤児院では文字を覚えたり計算を勉強したりしないの?
読み書きができて計算ができれば、お仕事も見つかりやすいと思うんだけど」
「文字を覚えたくても本の1冊も無いのにどうやって覚えれば良いんだよ?」
「本が1冊も無いの?」
「そんなものあったら、売っ払って美味いもの買った方が良いじゃん!なあ、皆んな!」
「そうだ!そうだ!」
周りの子供達も同意の声をあげている。
「ちょっと待ってて!」
私は出てきたばかりの屋敷に戻って図書室に飛び込み、子供の頃に使っていた絵本や計算の教本等を持って、彼らの元に行った。
そして大きな男の子にこう言った。
「この絵本は私が子供の頃に字を覚えるのに使っていた本、こっちのは計算のやり方が書いてあるわ。
この本をあげるから、孤児院で勉強してみて!
そしてあなた、何才?」
「お…俺?10才だけど」
「あなたに私が勉強のやり方を教えるわ!私もここの居候みたいなものだから、休息日にここへ来て!
庭に東屋があるからそこで私があなたに教えるから、帰って今度はあなたが皆に教えるのよ。
そしてこの本は売って食べものを買えば良いわ。
パンが10個くらいは買えるはずよ。
あなたがここに習いに来たら、本を1冊あげるわ。
でも、来てまじめに勉強しないと本はあげないからね」
と言って、私はちょっと高い本を男の子に押し付けた。
「なんでこんなにしてくれるんだ?お貴族様の同情か?」
男の子は私を睨んでそう言った。
「違うわ。私もさっきまで無一文の宿無しだったの。
でも、そんな私に先生が手を差し伸べてくれた。
人は助け合わないと生きていけないのよ。
だから、私もあなた達を助ける。あなた達も次に誰かを助けてあげてちょうだい」
「…わかった。俺、アルフって言うんだ。俺字や計算を覚えて、こいつらに教えるよ。
ありがとう、お姉ちゃん」
子供達は本を抱えて帰って行った。
私は遅くなってしまったと、慌てて騎士団の寮に向かって走ったのだった。
休憩時間に兄を呼び出し、元の屋敷が売れた事。
家を買ったのが大好きな作家のリジス・ブレナン先生だった事。
先生の本を運んであげたら、本の配送の仕事を手伝ってくれないかと言われ、屋敷に住んで良いと言われた事を矢継ぎ早に話した。
兄は「それって本当?」と驚いていたが、妹がお世話になるんだから挨拶に行くと言いだした。
そこで私だけ寮の客室にあった鞄を取りに行って、部屋を引き払う手続きをした。
私が先に屋敷に戻って、業務が終わった兄が挨拶に来る事にしたのだ。
「先生、今よろしいですか?」
先生は、父の執務室を書斎にされたようだ。
運び込まれた家具に物を片付けていた。
「ええ、良いわよ。お兄様には連絡が取れた?」
「はい、それで業務終わりに先生にご挨拶に伺いたいと言っているんですがよろしいですか?」
「まあ、ご丁寧に。もちろん良いわよ。
料理人が夕食を準備するから、お兄様も夕食を一緒にいただきながら話をしましょうか?」
「ええっ、良いんですか?ありがとうございます」
「そう言えば、あなたの部屋は階段を登って右の端の部屋で良かったかしら?壁紙が女の子っぽかったから、そうかな?と思ったのだけれど」
「はい、そうです。でも居候のような私が個室をいただいて良いんですか?」
「あら、あなたは居候なんかじゃ無いわよ、私の…ビジネスパートナーって言うのかしら?
私ができない仕事をやってもらうんだから対等な立場だと思ってね。
それから出版社の担当者と販売の担当者も来るからよろしくね」
「はっ、はいわかりました」
「じゃあ、夕食まであなたもお部屋の片付けをしたら良いわ。また後でお話ししましょう」
「わかりました」
私は自室だった部屋に行ってみた。競売にかけられて何も残っていないと思っていたのだが、配置は変わっていたが、私の部屋にあったベッドも机も椅子も家具がそのまま置かれていた。
クローゼットの中には服も入っていた。
私がここに住む事になって僅かな時間でどうやって用意されたのだろう?
不思議に思ったが、とにかくありがたかった。
私は一挙に疲れが出たのか睡魔に襲われベッドに倒れるように眠ってしまったのだった。