出会いは突然に
両親は、そのまま馬車に乗ってバラギーに向かった。
私がマーサおばさまの所に行こうとすると、アーロンお兄様が騎士団の寮に行く前に、マーサおばさまの所に一緒に付いて行くと言ってくださったので、二人でマーサおばさまの所に向かった。
貴族街に近い所にあるマーサおばさまの店に着くと、いつもは静かな裏手から大きな声が聞こえてくる。
「こんにちは、おばさま何か大きな声がしますけど、どうなさったの?」
「おや、アーロンとジェンナじゃないの。兄妹で来るなんて珍しいねぇ。
実は娘のモニカが亭主が浮気して大喧嘩したらしくって、子供3人連れて帰って来たのよ。
シングルマザーになったから、この店は私が継ぐって言い出してね。今日は引っ越しで大忙しよ。
落ち着いたらモニカも会いたがっていたから、また遊びに来てやってね!」
と言いながら、マーサおばさまは嬉しそうに奥の荷運び人に指示を出しに行ってしまった。
「お兄様、これじゃマーサおばさまの所に居候するのは無理みたいね。どうしようかしら?」
「もうすぐ日が暮れるから、今からバラギーに向かった馬車を追いかけて行くわけにもいかないしな〜。
そうだ、たしか騎士団の寮に遠方から来た両親とかが泊まれるよう部屋があるはずなんだ。
今日は僕と一緒に騎士団の寮に行って客室に泊まれば良いよ」
私は兄の申し出にありがたく頷き、騎士団の寮に行く事になった。
騎士団の寮は100人ばかりの男性が暮らす3階建ての建物で、寮監室の隣にこじんまりとした部屋が2部屋あった。
その一部屋を1週間程借りることができた私は、夜、兄と話し合った。
兄は、諦めてバラギーに行った方が良いという。
しかし私は王都で暮らすのを諦めたくなかった。
バラギーには独身の従兄弟達がたくさんいるのだ。
バラギーに行ったら間違いなく、そのうちの誰かと結婚させられるだろう。
あとは牛の世話と子育てに介護…15才の女の子の私には、この先に待ち受けるれた生活がとても暗い未来に思えてならなかった。
「バラギーに行きたくないの!お兄様わかるでしょ?
マーサおばさまの娘のモニカだってシングルマザーになって帰って来る事ができたのも、マーサおばさまのお店でお手伝いをして販売のスキルを持っていたからだわ。
女性も働く術が無いと将来困ると思うのよ。
私、王都で働いて自立したいの」
「そうは言っても、お前に何かスキルがあるのか?
料理も洗濯も掃除もメイド任せだっただろう?」
「ええ、だから家事仕事じゃない仕事をしようと思うの」
「家事以外に何ができるんだ?」
「お兄様、私空間収納が人より大きいのよ。実は今収納空間の中に図書室にあった本が全部入っているのよ。すごいでしょう?」
「えっ、図書室の本って結構あったぞ!あれが全部入ったって言うのか?」
「ええ、ざっと3000冊はあったと思うわ!あの空間に荷物を入れて、荷物運びをしたらどうかと思うのだけど…」
「3000冊…」
アーロンお兄様は絶句して頭を抱えてしまった。
そりゃ貴族女性がハンカチや扇くらいしか入れない空間に、3000冊もの本を入れた私も非常識かもしれないけど、そこまで驚くの?
「ジェンナ、大事な事を忘れている。荷物運びの仕事をするにしても、今入っている3000冊の本をどうするんだ?売るのか?
3000冊の本を入れたままで他の荷物が入るのか?」
あっ…、そうだ、今入っている本をどうにかしなければならないのだった。
仕事で荷物運びをしようにも今ある本を出さないと荷物が入らないかもしれない。
隙間に詰め込んでようやく入ったのだ。これ以上入るとは思えない。
「全部売れば良いじゃないか。そのお金で部屋が借りられるだろうし、当座の生活費も稼げるぞ」
「ダメ!ダメですよ!本を売るなんて!これは私の生き甲斐なんです!本の無い生活なんて耐えられないわ!」
平行線に終わった話し合いは、明日運送ギルドを
訪ねる事でようやく終わったのだった。
私は次の日、運送ギルドを訪ねた。
大きな倉庫街にある事務所に入ると、体格の良い男性達が大勢で働いていた、
「おっとお嬢ちゃん、こんな所に突っ立っていたら怪我するぞ!」
「あの…私、お仕事の件でこちらに伺ったんですが…」
「あっ?」
周りの人達の大きな声で私の声はかき消されて、聞こえなかったようだ。おまけに人の流れに押し出される格好で、事務所の中からも出されてしまった。
これは手強いです。お仕事の話どころか、誰に話せばいいのかもわかりませんわ。
私はその後も何回か突入したのだが、その度に外に押し出されてしまった。
今日はお忙しい日なのかもしれませんわね。また明日にでもお邪魔しましょう。
私は運送ギルドを離れ考え事をしながら歩き出した。
いつの間にか、馴染んだ道を歩いていたようで、昨日引っ越した、元マーキュリー男爵邸の近くを歩いていた。
あら、屋敷の近くに来てしまったわね。もう売れてしまったのかしら?
ふと見ると、道端に荷馬車が止まって、女性と男性が言い合いをしていた。
「ですから荷馬車の車軸が折れたんですよ。このままじゃ動かす事はできません。今代わりの荷台を持って来ますからここで待っていてください!」
「目的地の屋敷はすぐそこなのよ!代わりの荷台を持って来るより人を呼んで来て人力で運んだ方が早いわ!」
「そうは言っても、積荷は重い本なんでしょ?あの距離を木箱を一つ運ぶのは大変なんですよ。
腰をさすりながら男性はどこかへ行ってしまった。
「あの〜、目的地はそこのマーキュリー男爵邸だった屋敷ですか?」
「そうなのよ、もう少しなんだから荷台を変えるより人海戦術で運んだ方が早いと思わない?
まったく馬の扱い方も酷かったし、もうあの運送屋は使わないわ!」
「それでしたら、私が運びましょうか?私の収納空間に今3000冊の本が入っているんですけど、それを屋敷の玄関に出させてもらえたら、この荷物を全部収納空間に入れて運びますよ!」
「あなたの収納空間ってそんなに本が入るの?信じられないわ」
「でしたら、貴女の目の前でやってみますので屋敷の鍵を開けてくださいませんか?」
女性はその話を信じられないと思いながらも一緒に行って鍵を開けてくれた。
私は、玄関の銅像にかかっていた大きな布をホールの床に敷くと、その上に次々と本を並べて行った。
そして全部出し終えると、次は馬車に戻って木箱の中から本を出し収納に入れて行った。
馬車にあった本を全部収納すると屋敷に戻った。
「本はどこへ置けばいいですか?」
「えっと、注文した本棚がこれから届くはずなのよ。
本棚をどこに置けば良いかしら?出すのはちょっと待ってくれる?」
「良いですよ。置き場が決まるまで収納に入れておきますので決まったら言ってください」
その後、新しい荷馬車が来たが、本はもう移動したので断って帰ってもらった。
さっきの男性は、誰が運んだんだろうと疑問に思っていたようだが、お金を払うと帰って行った。
その後、女性は私達がダンスパーティーで使っていた大広間に書棚を並べてもらっていた。
ダンスパーティーで使う事は無いので広い図書室が欲しかったそうだ。
「本当に助かったわ!私はリジス・ブレナンよ。作家をしているわ。今日はどうもありがとう!」
「えっ、リジス・ブレナン先生ですかっ!私大ファンなんです!先生の本は全部持っています!
私はジェンナ・マーキュリーです。よろしくお願いします!」
なんと、女性は私が王都にいたいと思う理由の一つが、バラギーではリジス・ブレナン先生の新刊が手に入らない事だったのだ。
私は先生の手を取って握った。
「マーキュリーさんって言ったら、このお屋敷の前の持ち主のマーキュリー男爵のご家族なのかしら?」
「はい、娘です」
私は父が詐欺に引っかかって屋敷を手放したことを話した。
「今はどこへ住んでいらっしゃるの?」
「兄が騎士団の寮に住んでいるので、そこの客室を1週間借りているんです」
先生はそれを聞いてしばらく考えてこう言った。
「ジェンナさん、あなた本を各地に配送する仕事を手伝ってくれないかしら?
ほら、地方に行くと本屋も無い場所があるじゃない?
そんな地方に住む方からも本の注文があるんだけど、荷馬車で回っていたらものすごく時間がかかるのよ。
あなたが大量の本を持ってくれたら飛空竜で飛んで国中すぐに配送できるわ!」
「えっ、そんなお仕事を私に!やりたいです!やらせてください!」
「まあ引き受けてくださるの!じゃあ、この屋敷に私と一緒に住んでくださらない?そうしたら、私もここに一人で住むより賑やかで良いわ!」
先生は、今まで王宮で侍女をしながら、空いた時間で小説を書いていたそうだ。
しかし売れっ子小説家になり、侍女の仕事をやめて今回専業で小説を書く事に決めたそうだ。
それで王宮の宿舎と王都の近郊にあった誰も住んでいない実家を引き払って、この屋敷を買ったという事だった。
お仕事と住む所が同時に手に入ったわ!今日はなんて素晴らしい日なのでしょう!
私は張り切って「よろしくお願いします!」と答えたのだった。