不真面目シスター、森の賢者に会いに行く の巻
森です。
夜の森です。
神域扱いゆえに滅多に人が入らない、「これぞ原生林」な雰囲気でいっぱいです。森なのに林とはこれいかに、なんてノリツッコミを脳内で繰り広げつつ、私は一人、森を進みます。
『ハヅキ様、足元に気をつけられよ』
おっと失礼、従者であるアーノルド卿が一緒でした。
でもこの人、悪霊なんですよね。一人、とカウントしていいんですかね?
そもそも私が夜の森を一人でさまようハメになったのは、このナイスガイな悪霊のせいなんですよね。
ほんと困ったものです。
……はい、すいません、訂正します。自業自得です。
◇ ◇ ◇
申し遅れました、私、ハヅキと申します、十七歳の乙女です。
見習いシスターをしていたのですが、ちょっぴりやらかしてしまい、王国史上稀に見る重罪人となったのですが。
色々あって、そこから大聖女様の側仕えへと、華麗なるステップアップをキメてしまいました。
「そんな経歴の持ち主なら、さぞかし影のある美少女なのだろう」
そんな想像をした、そこのあなた!
どうか、そのままのあなたでいてください、ハヅキからのお願いです♪
さて。
そんな私が、どうして夜の森を一人でさまよっているのかと言うと。
「その悪霊を、なんとかしなさい」
そう命じられたのです。
誰にかというと、私の直属上司である大聖女様の従者の一人です。
あ、「私をビッグボスなんて呼ぶな」と大変なお叱りを受けましたが、やはりこの呼び方がしっくりきます。
ちゃんと敬意はこめていますから、心の中で呼ぶくらい、いいですよね?
おっと、話がそれました。
命じたのは、大聖女様の従者の中でも古参のお方。
三角メガネをかけて「ざます」なんて語尾で話してくれればぴったりな雰囲気の、アラフィフ修道女マイヤー様です。
私が大聖女様の側仕えになることに、強硬に反対されたお方と聞いております。ええ当然です、むしろおかしいのは大聖女様です。マイヤー様、頑張って大聖女様を心変わりさせて欲しかったです。
ちなみに従者と側仕え、役割が違います。
従者は教堂でちゃんと役職として認められたもので、大聖女様の補佐としての仕事はもちろん、教堂の一員としてのお仕事もちゃんとあります。よって、お給料は教堂から出ています。
それに対し側仕えは、雇い主の私的なスタッフです。身の回りの雑事を引き受ける、要するに家政婦みたいなものです。なので、お給料は雇い主本人の懐から出ます。
つまり私は、大聖女様に「給料」という名の頑丈な鎖で繋がれたということですね。
めっちゃこき使われるんだろうなあ……うう、怖いよう。
あ、また話がそれました。
ええと、そうそう、マイヤー様の命令ですね。
「百歩……いえ、百億歩譲って、苦渋の決断で、あなたを側仕えとして認めるとしても」
本当に嫌なんですね、私が側仕えになるの。
ハヅキ、ちょっぴり泣いちゃいそう。
「大聖堂に悪霊を連れ込ませるわけにはいきません。従者の契約を解除なさい」
ごもっともです。
実は私、ちょっとした手違いで、悪霊であるアーノルド卿と従者の契約を結んでしまいました。いやほんと、お酒って怖いですよね。
アーノルド卿はとってもナイスガイな悪霊ですが、シスターが悪霊を従えているなんて、さすがにちょっと、ですよね。
ましてや大聖堂で暮らす大聖女様の側仕えになるのなら、契約解除は当たり前でしょう。アーノルド卿とお別れになるのは寂しいですが、仕方ありません。
ですが、これが難題でした。
従者の契約は他人が勝手に解除できないよう、パスワードで保護されています。力ある従者を意に反してかっさらう、なんてことが昔は横行していたそうで、それを防ぐためです。
逆に言うと、そのパスワードがわからないと、本人ですら契約解除できないのです。
パスワードには、「聖典」の一節を利用するのが一般的です。
教堂の慣例として、シスターになるときに聖典の一節を「守護の言葉」として決められます。普通はそれをパスワードに使うのですが、私、使っていません。
なぜって?
覚えてなかったからです。
食べていけるのならそれでいい、なんて不純な動機で教堂に飛び込んだ私ですからね、入門時の長々としたお話、半分も覚えていませんでした。
……なんて答えたら、「従者パンチ」で、頭にたんこぶ作られました。
腰の入った渾身のパンチ、めっちゃ痛かったです。
「なら思い当たる言葉はないのですか!?」
怒髪天を突く形相で詰め寄られ、必死で記憶をたどりましたが……なにせへべれけでしたからね、まったく記憶がありません。
『ちと……よいかの?』
冷たい石の上に正座し、なじられ続ける私を見かねたのでしょう。アーノルド卿が姿を現しました。
「きゃっ!」
突如現れたアーノルド卿に、マイヤー様がカワイイ悲鳴をあげます。
「あ、あ、悪霊! ここは、神の家の前ですよ、控えなさい!」
『ごもっともですな、レディ。しかし問題解決のため、発言のお許しを』
ヒステリックなマイヤー様に動じる様子もなく、アーノルド卿が膝をつき、優雅に一礼します。
『そのお美しい顔に浮かぶ憂いを、是非とも晴らさせていただきたい』
アーノルド卿、こういうときの仕草は優雅で、礼儀作法とか完璧なんですよね。歯が浮くような言葉もサラリと言ってのけるし。
たぶん、生前はめっちゃモテてたと思います。
これが貴族というものなんでしょうか? いやほんと、なんで悪霊やってるんでしょうね?
「は……いや、その……」
雄々しい男の優雅な一礼と歯の浮くような言葉に、マイヤー様が面食らい、オロオロしています。
おや? 心なしか、頰が赤いような……案外チョロイお方?
「し、仕方ありませんね。発言を許します」
『寛大なお言葉に、心からの感謝を』
さて、と私を見たアーノルド卿。
『ハヅキ様。パスワードに使われた言葉、出だしなら覚えておりますぞ』
「え、ホントですか? なんでしょう?」
「それは……」
アーノルド卿の答えに、私はポンと手を打ちました。
「ああ、それですか!」
「……な、なんですか、その」
マイヤー様が、眉をひそめます。
「じゅげむ……とは?」
「はい、私の生まれた故郷では、おめでたい言葉なんですよ!」
聖典の一節の代わりだから、おめでたい言葉がいいよね、なんて考えた気がするような、しないような。
ま、パスワードとして使うなら、長さは申し分ありませんね!
「では、さっさと解約しちゃいましょう!」
私は大きく息を吸い、声も高らかに「じゅげむ」を唱えました!
寿限無 寿限無
五劫のすり切れ
海砂利水魚の
水行末
雲来末
風来末
食う寝るところに 住むところ
やぶらこうじの ぶらこうじ
パイポ パイポ
パイポの シューリンガン
シューリンガンの グーリンダイ
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの
長久命の長助
……はい、もちろん解約できませんでした。
酔ってましたしね、きっとどこか言い間違えてるんでしょうね。
てへ♪
◇ ◇ ◇
というわけで。
従者の契約を解除してもらうため、私は「森の賢者」に会いに行くよう命じられました。
「森の賢者? どちら様ですか?」
首を傾げた私に、マイヤー様が教えてくれました。
王都の北に広がる神域の森。その奥深くに、森羅万象を知り尽くした「森の賢者」と呼ばれる人がいるそうです。
その人なら、契約解除の仕方も分かるだろうと言われました。
なるほど、困ったときに呼ぶ、万能レスキュー屋さんみたいなお方なんですね。
「口を慎みなさい、失礼ですよ!」
再びの「従者パンチ」に悶絶する私。うう、容赦ないなあ、マイヤー様。さすがは大聖女様第一の従者、教え諭すよりまず制裁、なんてところがそっくりです。
「一説では、神様とも精霊とも言われているんですよ、敬意を払いなさい!」
その存在を知っているのは、国王陛下や教導聖下、そして大聖女様といったお偉いさんたちとその直属の部下のみ、とのこと。
え?
そんな存在、私が知っちゃって大丈夫ですか?
秘密を知られたからには生かしちゃおけねえ、なんて嫌ですよ!?
「そんなことしません! いいからさっさと行ってらっしゃい!」
「い、今からですかぁ? もう日が暮れるんですけど……」
森ですよね?
明日、朝になってからじゃダメですか?
「いいですけど……どのみち野宿ですよ?」
悪霊憑きのまま大聖堂に入れるわけにはいきまんからね。
マイヤー様のごもっともな言い分に、私は仕方なく森へと向かいました。
……ていうか、雇い主の大聖女様はどこ行っちゃったんですか?
雇ったんなら、責任とって宿ぐらい提供してくださいよぉ。
◇ ◇ ◇
さまよっているうちに、空はすっかり暗くなりました。
「聖なる灯」
先ほど拾った木の枝に光を灯し、私はずんずん森を進みます。
神域の森は、人が足を踏み入れぬ領域。
なんていうか、獣やら虫やら、わんさといる気配です。
「うう……食べられちゃいそうで嫌ですよぉ」
王都の道端で野宿していたら、スケベェな人に、違う意味で食べられちゃいそうですが。
この森で野宿したら、文字通り食べられちゃいそうです。
とにかく「森の賢者」とやらのところへ行きたい。事情を話し、床でいいから寝かせてくれとお願いしたい。
でも「森の賢者」がスケベェな人だったら、どうしましょう?
そういえば男性か女性か聞いてません。
「泊めてやってもいいが……へっへっへ」とか言われたら、結局食べられちゃうの!?
ハヅキちゃん、人生最大のピーンチ!
『ハヅキ様。あちらを』
「え?」
アホなことを考えながら歩き続けること数時間。そろそろマジでくたびれて、ここで野宿かと思い始めた頃。
はるか前方に、明るい場所が見えました。
火です。
焚き火です。
火の側に誰かいます。そしてその向こうには、キノコの形をした大きな家らしきものが見えます。
「も、森の賢者……様でしょうか?」
『かもしれませんな。ですが……お気をつけて、妙な気配です』
アーノルド卿が何やら険しい顔をしています。
危険を感じ取っているのでしょうか。ですが、行ってみるしかありません。
だって……すぐ後ろに、肉食獣が迫っている気配がするし!
アーノルド卿が牽制してくれてるけど、めっちゃ数が多そうだし!
わぁん、助けてー! 私、おいしくないってばー!
◇ ◇ ◇
火のそばにいたのは、アーノルド卿すら上回る、いかつい顔の大男でした。
「ほう……シスター、か?」
木の陰から姿を現した私を見て、ギロリと私をにらみます。
怖い、マジ怖い!
私を追って来た獣たちが慌てて逃げて行きますが、無理もありません。
短く刈り上げた白髪に、鬼と見まがう凶悪な面構え。全身を覆う筋肉はムッキムキ、もはやそれは鎧です。足元には巨大な斧が置いてあり、一振りで数十人は吹っ飛ばせそうな破壊力を感じます。
少し離れたところでは、やたらとでかい馬が水を飲んでいます。こいつはこいつで凶悪そう! これほんとに馬ですか、あれ絶対、肉食動物の目ですよね!
いったい、どこの世紀末覇者様ですか!?
「こんな夜更けに森の中をやって来るとは。命知らずだな」
「じ、事情がありまして……」
えへへ、と笑ってみましたが……ニコリともしてくれません。
むっつりと黙ったまま、じぃっと私をにらんでいます。うう、怖いですぅ。
「あの、私、ハヅキと申します。ここは、森の賢者様の家で間違いないでしょうか?」
「うん?」
大男はちらりとキノコの家を見上げ、ふむ、とうなずきます。
「森の賢者……そう呼ばれているのかね?」
「そ、そうみたいデスネー」
「まあ、そう呼びたければ呼べばよいか」
「あ、ありがとうございます」
「で、その背後に控えている男は?」
『私は、ハヅキ様の従者、アーノルド』
「ふむ」
森の賢者様──でいいんですよね? イメージ違いましたけど──は、アーノルド卿をジロジロと見た後で。
ふっ、と鼻で笑います。
「見せるための筋肉か。ふん、まがい物め」
『なっ……なんじゃとぉっ!』
賢者様の言葉に、アーノルド卿がまなじりをあげて叫びます。
『聞き捨てならん! 我が筋肉を愚弄するか!』
「日々の労働、戦い、その中で育まれたものこそ本物の筋肉よ。見てくれだけ整えた筋肉など、私は認めん」
『み、見てくれだけではないわぁっ!』
「ほう、言ったな。ならば証明してみせるがよい」
賢者様が立ち上がりました。
ズゥォーン、なんて擬音が聞こえて来そうな迫力です。マジ、でかいっ!
「ふんっ!」
そして、足元に置いてあった大きな箱を開けると、部品らしきものを取り出し、テキパキと組み上げていきます。
組み上がったもの……それは、まごうことなき、アームレスリング台(公式マーク付き)でした!
なんでそんなもの持ってるんですか!
てゆーか、手際が良すぎませんか!? 説明書見ずに組み立てましたよね!?
「さあ、くるがよい。己の非力さを味わわせてやろう」
ドンッ、と丸太のような腕を置き、ジロリとにらみつけてくる賢者様。
『望むところじゃぁっ! 返り討ちにしちゃるっ!』
そんな賢者様に、阿修羅のごとき形相で挑むアーノルド卿。
ちょっと待ってと言いたいですが、私ごとき小娘が割って入れる雰囲気ではありません。
台を挟んでにらみ合った後、がっしりと腕を組む大男二人。
今、筋肉の誇りにかけて真っ向から激突する!
この勝負の行方や、いかに!?
……はて、私は何をしに来たんでしたっけ?
◇ ◇ ◇
意地と誇りをかけた男の勝負は、全くの互角でした。
「ぬぅぅぅぅぅんっ!」
『ぬぅぉぉぉぉぉっ!』
五分たっても勝負がつかず、一時休戦。
そしてインターバルをはさんでの再戦も、やはり互角です。
「……そこまでー」
なりゆきで審判役を務めることになった私ですが、これは勝負がつかないと判断し、中断させました。
ぜぇ、はぁ、と肩で息をする、アーノルド卿と賢者様。
にらみ合い、しかし「ふっ」と笑って、今度はがっちりと握手を交わします。
「やるではないか」
『おぬしこそな』
「見てくれだけなどと失礼した、謝罪とともに撤回させていただこう」
『うむ、受け入れよう。強敵よ』
アーノルド卿の言葉に、うなずく賢者様。
熱い友情が生まれた瞬間です。
強敵と書いて友と読む。うんうん、素晴らしい言葉です。感動的な光景に、私は思わず涙してしまいます。
しかし、生身でありながら、悪霊であるアーノルド卿相手に一歩も引かないなんて。
「森の賢者」というより「森の筋肉」とお呼びした方がいいんじゃないでしょうか?
「さて。次はお前だな」
賢者様が、感涙にむせんでいる私をジロリと見つめました。
「……はい?」
「くるがよい、ハヅキとやら。お前の覚悟を見せてみよ!」
覚悟と書いて筋肉と読む。
いやいやいやいや!
何言ってるんですか、この賢者様は!
勝てるわけないじゃないですか!
「勝てる、勝てないではない。挑むか、挑まぬかだ!」
「すいません、何言ってるのかわかりません」
「ほう、言葉の意味もわからぬ愚物であったか。夜の森を一人でやってくるから、多少は見所があると思ったのだがな」
賢者様の目に、あざけりの光が宿ります。
いや、そういう意味じゃなくてですね、私が言いたいのは……。
「ふん、小さきモノめ」
…………あん?
……おいこら。
今、どこ見て言った?
「その体同様、心も貧相ということか」
「なっ……!?」
き、気にしてないよ?
ぜんっぜん、気にしてないよ!
それ個性だもん。でかけりゃいいってもんじゃないもん。
そもそも私シスターだから、そこ重要じゃないし!
だーけーどーねー!
「では尻尾を巻いて逃げるがよい。小さきモノよ」
ああっ、また言ったぁ!
わざとそこ、強調してますよね!!
あったまきたぁ!!!
気にしてないし!
個性だし!
こっちがいい、て人だっているし!
だけどねえ!
イチ乙女として、特定部位に注目する、その発言は許せません!
セクハラは、絶対、ダメなんですからね!
『ハヅキ様、落ち着くんじゃ! 挑発に乗ってはいかん!』
「いーや、乗るね。乗るか乗らないかなら、乗るね! マジ、カチンと来たし!」
『いやいやいや! さすがに体格差がありすぎじゃ! 危険すぎるじゃろ!』
騒ぐ私と、止めようとするアーノルド卿を見て。
「ふん、安心しろ。一ミリでも動いたら、私の負けでよい」
バカにし切った目で、私を見下ろす賢者様。
む、む、む……ムカつくー!
「はぁ? バカにすんなっての! やるからには完全勝利のみだっての!」
「ふむ、弱い犬ほどよく吠えるな」
うーわー、ここまで頭にきたの、何年ぶりだろ。
『ハヅキ様、冷静に! 一ミリじゃ、一ミリでいいんじゃからな!』
「……わかってる」
賢者様の腕をつかむと、まるで丸太のような感触が伝わってきました。
さすがにたじろいで、ちょぴっと冷静になりました。
やばい、挑発に乗ってしまった、と軽く後悔しかけたのですが。
「ふっ、つかんだだけで怖気ついたか」
くぁーっ、む・か・つ・くー!
なにこの煽りの天才! それが賢者スキルってかぁ!?
み・て・ろ・よー!
もう手加減しないからねー!
『ハヅキ様、冷静に、じゃ! まともにやったらケガじゃすまんけぇ!』
「わかってる、ての。一ミリ動かせばいいんだよね?」
『そうじゃ、それだけでいいんじゃ!』
「だけど……」
私は正面の大男──賢者様をにらみつけ、ふっ、と笑います。
「この腕を叩きつけて勝っちゃっても、かまわないんでしょ?」
『ああっ、ハヅキ様、それは死亡フラグじゃー!』
賢者様がニヤリと笑います。
余裕の笑みというやつです。でも……くっくっくっ、この私を怒らせたこと、絶対後悔させてやるんだからね!
「では始めよう」
「おっしゃこいやー!」
公式ルールに則り、腕を組んでセットアップ。審判役はもちろんアーノルド卿です。
「ストップ」
アーノルド卿の言葉に、組んだ腕をピタリと止め、にらみ合う私と賢者様。
さあ、後悔させてやるからな、このアオリ賢者!
「ゴー!」
くらえっ!
奥義、ハヅキ変顔七変化!!!
◇ ◇ ◇
大地に突っ伏し、ピクピクと痙攣する賢者様。
「ふっ……私の勝ちですね、賢者様」
勝ちました。
賢者様の手の甲を台に叩きつけての、完全勝利です。
どうだまいったか。
これが奥義、ハヅキ変顔七変化だ!
かつて故郷の村を爆笑の渦に叩き込み、堅物で有名だった修道院長すら抱腹絶倒させた、私の必殺技。食らった者は窒息死しかねないほど笑い続けるため、あまりに危険すぎると封印したのですが。
その封印を、今夜、解き放ってしまいました。
「二度と使わぬと誓っていたのに……使わせたあなたが悪いんですよ、賢者様」
「くっ……おのれ、卑怯な……」
痙攣しながらも、顔を上げた賢者様ですが。
私の顔を見た瞬間、「ぶーっ!」と吹き出し、また地面を転がって笑い始めました。
「だ、だめだ、笑いが……笑いが止まらんっ! く、苦しい……助けて……ぶわははははっ!」
「ふっ……」
私は夜空を見上げます。
もう普通の顔なのに、見られただけで笑われるとは。
勝利と引き換えに、乙女として大切なものを失った、そんな気がするのはなぜでしょう?
「戦いとは、虚しいものですね……」
『ハヅキ様……どんな顔をしたんじゃ?』
「七日七晩、笑い苦しむことになりますけど、見たいですか?」
『……遠慮させていただく』
試合開始の合図とともにすぐ目を閉じろと、アーノルド卿にはテレパシーで伝えておきました。従者の契約していて、本当によかったです。
「あ、忘れてた。それだ」
私、ようやくここへ何をしにきたのかを思い出しました。
アームレスリングしに来たわけじゃないんです。アーノルド卿との契約を解除してもらうために来たんです。ああもう、なんでこんな寄り道したんでしょうか?
「あの、すいません、賢者様」
「ぶっ……ぶわはははははっ!」
用件を伝えようと声をかけたものの、賢者様は笑い転げてしまい、話ができません。
どうしましょう、これ。
賢者様の発作が治るまで、七日七晩、ここで待つしかないんでしょうか。
ひょっとして私……またやらかしちゃいました?
うわ、どうしよう、大聖女様にまた怒られるかも!
……と頭を抱えていたら。
「あのー、すいません」
誰かに声をかけられました。
その声の方──キノコの形をした家の方を見ると、開かれた玄関の前に、パジャマ姿の、ものすんごい美少年(推定十歳)が立っておりました。
「こんな夜中に、人の家の前で、何をしているんですか?」
……は?
人の家の前──あなたの家の前?
それってつまり……えっ、ええっ、ええーっ!!
この美ショタくんが、「森の賢者」様ですかぁ!?
じゃ、この筋肉ダルマ、何者ですか!?
──というわけで。
まさかの To Be Continued♪