ep10.『聖母と道化、その支配人』River⑥
テーブルの上にボタボタと落とされる涙の粒。
それは、今まで会えなかった二人の時間を表しているかのようにも思えた。
「……お……お祖父さん!!」
水森唯がそう口にすると、じいさんはまた涙を流した。
「……ああ……!唯……私を……私を……祖父と呼んでくれるのかい……」
唯、とじいさんが呟く。
その手にはボロボロになった古いパスケースが握られていた。
中に赤ん坊の写真が入っているように見える。
「……あの、その写真ってもしかして水森ですか?」
空気を読まずに俺がそう尋ねるとじいさんは首を振った。
「……はは……すまない。これは──────────」
それからじいさんは愛おしそうに写真の赤ん坊をそっと撫でる。
「これは────────唯の母親、綾の赤ん坊の時の写真でね」
ハンカチで涙を拭いながら水森唯はその写真に目を落とす。
「……お母さんの────────!?」
お母さん、と小さく呟きながら水森唯はその写真をまじまじと見つめた。
「……そうだよ。このパスケースも……最後の父の日に綾がプレゼントしてくれたものだ」
なるほど、娘からのプレゼントって訳か。
後生大事に娘の写真も贈り物もずっとスーツの内ポケットにでも入れてたんだろうか。
随分と娘を溺愛していたんだろう。
それは一体、何がどうしてこんなことになったのかはわからない。
だけど。
今、確実にわかる。
多分こっから先は大丈夫だ。
まだ、このじいさんは先のことなんて一言も話してはいない。
俺にはわかるんだ。
じいさんの瞳の奥に灯った炎のようなもの。
このじいさんは本気だ。
恐らく、全力で───────────本気の全身全霊で娘と孫を護るフェーズに“もう入っている”。




