ep10.『聖母と道化、その支配人』メルト
俺はただ黙って水森唯の話を聞いた。
「あの時だってそう。図書室で話しかけてきてくれたわよね。私が一年の時の国語の教科書を読んでるっていうのに気付いてくれたのも佐藤君が初めてで─────────」
それからずっと水森唯は、何もかもを吐き出すように話し続けた。
ヘルマン・ヘッセのこと。教室で過ごすのが苦痛な日もあるということ。自分の悪口を言われてるんじゃないかって誰かが話しているたびに気になるということ。
一通り聞き終わると俺はただ、そうか、とだけ答えた。
水森唯の苦悩。
家庭だけではなく学校でも苦しい毎日だったんだろう。
思春期の女子が蔑まれて軽んじられ、侮蔑の対象とされる。
水森側からは誰にも何も働きかけないのに───────────向こうは勝手に水森を“消費”するんだろう。
お手軽なストレスの捌け口のように、ただ嘲笑される。
それはどんなに辛いことだっただろう。
しかし、この心情の吐露に対してどう答えるのが正解なんだろうか。
気の利いた言葉なんて出てこない。
優しい言葉ってなんだ?
どうやって慰めればいい?
俺が考えあぐねていると────────────水森唯の後ろで複雑な表情を浮かべている店員が目に入る。
どうやらサンデーを持ってきたはいいが、あまりに深刻な話の途中だったからか声を掛けられないでいたんだろう。
「……あ!すいません、お取り込み中だったみたいなんで!!なんかタイミング逃しちゃって!!」
店員はそう言いながら二つのサンデーをテーブルへ置いた。
ストロベリーとチョコのサンデー。
それらは少し溶けかけていた。




