ep10.『聖母と道化、その支配人』 徒労
大学生くらいの年齢だろうか。それともフリーター?
20歳前後の若い男性店員が鍵束を持ったままこちらを一瞥する。
3000円も使って取れないでいるのか、とでも思われてるんだろうか。まあいいけどさ。事実だし。
そういえばこの店員には見覚えがある。
以前に小泉と来た時にプリクラ無料券をくれた店員だろうか。
「それで、どちらの商品を動かしましょうか」
店員がクレーンゲーム筐体のガラスの扉を開ける。
「……あ、あの。奥に飾ってある[大豪院ハルト]のぬいぐるみってこの山の中にありますか?」
それを取り易いようにして欲しいんですけど、と店員に伝えてくれている水森唯に対し──────────俺は何処か情けない気持ちになってしまう。
女子の前でイキって3000円使っても何も取れてないっての確かにカッコ悪いよな。
俺がぼんやりとそんなことを考えていると──────店員の口から予想外の言葉が飛び出した。
「こちらの奥にディスプレイされている商品は見本品で展示のみとなっておりまして───────────」
現時点では非売品のサンプルとなっております、という言葉に真っ先に反応したのは水森唯の方だった。
「……え!?どういう事ですか?!」
それは、と店員は申し訳なさそうにこう続けた。
「こちらの“アイぷり”オリジナルプライズ商品は数ヶ月連続リリースの予定となっていまして……[大豪院ハルト]は再来月の納品予定の商品です」
は!?
何それ!??
ってことはさ、俺は────────ありもしない[大豪院ハルト]を探してぬいぐるみの山を崩そうとしてただけって事なのか!?




