ep10.『聖母と道化、その支配人』 錯覚
加齢臭の間違いじゃねぇの、と俺が冗談めかして言うと佑ニーサンは急に真顔になった。
マズい、地雷踏んじまったか?
意外と本人も気にしてるとか?
「……さあ。だといいんだけどね」
佑ニーサンは何か含みを持たせるようにそう言った。
どういう意味だろう。
子どもっぽく見られたくないから年上に見られたいとか?
童顔の大人でさ、わざと髭とか生やす人もいるよな?年相応に見られたいとかそういう系の話か?
「……嘘だよ。冗談。佑ニーサンてなんかいっつも気が利いた感じのお洒落っぽい匂いするし」
お高い香水なのか、と俺が誤魔化すように尋ねると佑ニーサンは床に置いた鞄から何かを取り出した。
小さな鍵が付いた、くたっとした素材のドクターバッグから出てきたのは紺色の小さな瓶だった。
てっぺんには丸いガラス玉のような蓋がついている。ラベルには三日月が浮かんでいた。
“ENDYMION”
ラベルにはそう書かれている。どう読むのかはわからない。
「お高そうな香水だな」
俺がそう呟くと佑ニーサンは俺の手をグイと引っ張った。
「ほら。ガックンもちょっと付けてみなよ〜?」
デートなんでしょ、これから〜?と佑ニーサンは何処かウキウキとしたように俺のうなじに香水を付ける。
「……え、マジでちょっと待って」
抵抗する間もなく俺のうなじからハッカのようなラベンダーの香りがふんわりと漂ってくる。
「いいじゃん。たまにはいいでしょう〜?」
佑ニーサンはどこか満足げにヘラヘラと笑った。
冗談じゃない。
これ以上ここに居ると俺がデートに行くと思いこんだ佑ニーサンに好き勝手されてしまう。
そう思った俺は急いでいるフリをして慌てて店を出た。
「……あ!悪ィ!そろそろ待ち合わせの時間だから!」
ふんわりとした不思議な香り。
酒の匂いと混ざったそれは──────────少し大人になったかのように俺を錯覚させる気がした。




