ep10.『聖母と道化、その支配人』 虚像や夢でも愛は愛
溺愛。
それは俺とは生涯無縁な概念に思えた。
「……何これ?めっちゃ流行ってるってこと?」
思わずそう口にすると水森唯は広告のある部分を指差した。
「まあ、流行ってるって言えばそうなんだけど────────例えば、この本を見て」
俺は水森唯の指先が指し示す部分を見る。
婚約破棄された令嬢の物語と思しきその小説の巻末には⑤という数字が付いていた。
「……ん?これって5巻まで続いてるって意味?」
俺がそう尋ねると水森唯は頷いた。
「そう。これだけじゃないわ。他のタイトルもそうね」
俺は改めてそのラインナップを眺めた。
中には普段、俺は目にしないような単語もあって一瞬ギョッとしてしまう。
溺愛だけじゃない。束縛。執着。或いは監禁。
主人公の相手はイケメンの王子系だったり、俺様系だったり──────────中にはイケてるおじさんなんてのもある。
男の俺には全く意味がわからない。
女性主人公が溺愛されたり何故か束縛、或いは監禁されてしまうような作品でも需要があるっていうことなんだろうか。
「普通に犯罪じゃん。世間一般では犯罪でもイケメンならラブストーリーになんの?」
まあ、そうかもね、と言って水森唯は首をすくめた。
「……これだけ需要があるってことからわかるでしょ?女の子はみんな王子様を待ってるのよ」
それだけ普遍的ってことじゃないかしら、と述べる水森唯の話は全く俺には理解できない。
確かに、撫子の幼い妹も王子だのお姫様だののおとぎ話に夢中だったが───────────
女ってのはさ。幼女だろうが成人女性だろうがみんなおとぎ話みたいな王子様に溺愛されることを心の底で願ってるってこと?
そこまで考えて俺はふと嫌な事実を突きつけられた気がした。
────────じゃあ、小泉も?
小泉もこんな王子様に溺愛されたいって──────────そういう願望があるってことなのか?




