ep10.『聖母と道化、その支配人』 不躾に削られていく尊厳
……は?
取り巻きどもがゲラゲラと笑いながらオーバーに変な歩き方をしている。
極端な猫背。
おそらくだが────────水森唯の歩き方を真似して揶揄しているつもりなんだろう。
そう。水森唯は猫背なんだ。
それはスラリと長い身長が返って仇になっているような気がした。
俺が急に肩を掴んだからからか、田所はギョッとしたように振り返った。
「……は?」
田所が狼狽たような表情でこちらを見る。
「おい」
俺がそう声を掛けると田所は目を泳がせた。
なんだよ、後ろめたいっていう自覚はあんのか?
「……あ?なんだよ急に?」
去勢を張ってはいるが上擦った声。
田所がビビっているのは明確に伝わった。
「別に?」
事を荒立てたい訳ではなかった俺は極力、何でもない風に振る舞った。
「たださ、図書室内は静かにしろよ」
人の迷惑になんだろ、と俺が言うと───────田所はなおも上擦った声でこう吐き捨てた。
「……意味わかんね。学級委員長かよ」
つまんね、行こうぜ、と田所はさも興醒めしてしまったかのように装って取り巻きどもに声を掛ける。
まあどうでもいいんだ、コイツらのことはさ。
ただ、水森唯がこうやっていつも尊厳をじわじわと削られていたのかと思うと心が痛くなった。
やっと手に入れた筈の平穏な生活。
水森唯にはどこの世界線であっても──────────心休まる場所なんて何処にもないんだろうか。
俺だけは知ってる。水森は蔑ろにされていいような人間じゃないんだ。




