ep0. 「真夏の夜の爪」 ⑨スクールカースト最下位の奴隷少女
こういう子は居る。
井田無子。
いらない子。
それがクラス内での彼女の呼び名であり、認識のされ方であった。
当然、学年内スクールカーストの最下位である。
“陰キャ”と呼ばれる他のカースト下位の児童達は彼女の存在に安堵していた。
自分より下がいる、という安心感。
クラス内のあらゆる負の感情をダンクされる感情のゴミ箱。
それが彼女の役割であり、クラス内で必要とされる所以であった。
クラス内の平穏の為の人柱であるかのように担任も彼女のサポートとフォローを放棄していた。
カースト中位の児童達は彼女を居ないものとして振る舞い、カースト上位の女子達は子どもらしい純粋な残酷さを発揮した悪意を彼女にぶつけた。
彼女はいつもその絶望を具現化したような服を身に纏っていた。
小六女子が身につけるにはあまりにも残酷な衣類。
リサイクルショップの50円ワゴンにあるような、地域の公民館で行われるバザーに出ていたような、23年前の親戚のお下がりのような服。
シャツの襟は伸びヨレヨレになっており、染め上げたかのように定着しきったシミすら千回ほど洗濯されてその鮮やかさを失っている。
薄く擦り切れたような白いシャツは肌色まで透けて見えるかのようでもある。
アフロ犬とミニモニ。
たれぱんだ。だんご三兄弟。
20年以上の年月を経たそれらのキャラクターは彼女の感情を押し殺すほど自己主張が強く見る者を沈黙させる。
彼女は7人兄弟の3番目として生まれた。
上の姉と兄は二人とも中学卒業後すぐに姿を消した。
父親は彼女が生まれる前に交通事故で亡くなっており、母親は再婚こそしなかったが子ども達の居る家に度々男を連れ込んで下の兄弟を増やしていった。
父親の違う小さな兄弟達の世話をするのは主に彼女の役割だった。
末の弟を産んですぐに母親は亡くなり彼女たち兄弟は母親の父に当たる高齢の祖父と母親の妹である叔母の手に委ねられた。
彼女と兄弟達の学費や生活費にと残された保険金、役所から支給される子ども手当などは全てこの叔母が趣味のアニメグッズなどに使い込んでいた。
片田舎の狭い平家の賃貸戸建ての部屋は掃除も行き届かず、廊下までアマゾンの段ボール箱が未開封のままで天井まで積まれていた。
叔母は彼女たち兄弟に使う出費を出し惜しみ、お下がりの小汚い衣類を与え学用品に割く出費も渋った。
節約と称してもやしだけを炒めたものや具のない焼きそばなどを彼女と兄弟達に朝夕与え、自身はコンビニ弁当やジャンクフードを一人だけで貪りソシャゲのガチャに数十万円課金した。
そして更に節約と称し風呂は四日に一度、或いは一週間に一度しか許可されなかった。
一日中自宅に篭っている風呂嫌いの叔母にとっては何ら苦のない事であったが、彼女と兄弟には地獄であった。
自分自身が不潔な事は自覚できた。
これらの現状全てを客観視出来てしまうことそのものが彼女にとっての不幸だった。
ボサボサで鳥の巣のようなチリチリの頭。汗と悪臭を放つ身体。不衛生な衣類。鼻の下の黒々とした産毛とテラテラと光る鼻水。鼻が詰まり痰が絡んだようなおどおどした声。靴下無しでダイレクトに履いた小汚い運動靴。その真っ黒に汚れた中敷き。手足のムダ毛と垢。
それが彼女の全てだった。
それでも彼女は耐えている。
