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ep0. 「真夏の夜の爪」 ⑧白痴の少女と悪意のある教師

ネットスラング。

「あ、昨日はども…すいませんでしたっス」


概史が恐る恐る秘密基地を訪れたのがプリズンブレイク祝賀会翌日の夕方だった。


既に来ていたマコトと少年に合流する。おう、遅かったな入れよ、と少年が答える。


「どしたンだよ概史?二人揃って公文で大量に宿題出されたか?」


公文じゃなくてソロバンの日でした、と概史は適当な出まかせを言う。


概史は習い事などしていないのは二人とも知っていた。


「……モテ男のご登場だねぇ。こっちにおいでよ」


マコトがぽんぽんとソファを叩き自分の隣に座るよう促す。


「……イロイロと聞かなきゃなンだけど」


少年はパイプ椅子に逆向きに跨るように座る。


「いや、なんも面白い事は無いっスよ」


概史は助けを求めるように少年に視線を送る。


「俺も聞きたいンだが?」


少年が追い討ちをかける。


「何で俺らに黙ってたンだよ。別に隠さなくてもいいだろうが」


「……そそ。酷いよねぇ。僕らのコト内心馬鹿にしてたんだよね?」


「いやあの、まさか。とんでも無いしそんな事は無いです!」


概史は手のひらをブンブンと振る。


「俺らに気ィ使って黙ってたンか?そんなん要らねぇし」


少年は納得いかない様子で概史を小突く。


違います違います、と概史は悲鳴を上げる。


「……じゃあどういう訳で黙ってたの?」


少年の態度は兎も角マコトの視線がチクチクとしたものに概史には思えた。


「あの、なんて言いますかこういう表現が適切なのかわかんないんスけど」


前置きをしながら概史が話し始める。


「ギリ健てわかりますか。ガチで該当するかどうかはおれにはわかんないんスけど撫子、クラスでそう呼ばれてて」


「“ギリ健”て何だよ?知らんし」


少年がマコトに小声で聞く。


「……まあ、障がい者に該当するわけじゃないし健常者なんだけどが障がい者に近い状況の人を指す意味合いっていうか、ネットスラングっていうか」


「はぁ?わからん」


「……健常者と障がい者の境目でギリギリ健常者の側に区分されてる人みたいな……って言えばわかる?」


「まあ、ギリ健て呼び方は罵倒表現みたいな使われ方が多くて、必ずしも実際にそうだって訳でもないんスけど」


概史が注釈を入れながら話を続ける。


「撫子が本当に“ギリ健”なのかはおれにはわかんないんスけど、少なくともクラスではそう思われてるっていうか。あいつの苗字井田っていうんスよね。井田撫子(いだなでしこ)。けど、クラスの掲示物とかでは撫子の”撫“の字の扌をカットして“無”って漢字で書かれたりして。そしたらフルネーム表記が【井田無子】になるでしょ?無子って【ない子】とも読めるじゃないっスか。そこから『いらない子』のあだ名みたいなのが定着しちゃってて。いや、あだ名なんてフレンドリーなもんじゃないっスよね。悪意アリアリっスし。蔑称っていうのが近いっスよね」


井田撫子(いだなでしこ)それがあの彼女の名前だった。


「掲示物にそんな嫌がらせとか、先公とか何も言わないンかよ」


うーん、と概史は首を捻る。


「関心ないみたいんなんスよね。おれらの担任、定年間近のババァ教師なんスけどおれと撫子に関してはスルーっつうか。宿題とかしなくても登校しなくても怒んない代わりに全部スルーっつうか。ま、その方が都合いいんスけどね」


あーわかるわ、そっちタイプの教師いるよな、と少年が相槌を打つ。


「……で?その“ギリ健”の女の子捕まえて丸め込んで無事に童貞卒業したってワケなんだ?」


若干苛立ったような口ぶりでマコトは概史を詰める。


「とんでもないっス!違います違います!」


概史はさらに首をブンブンと横に振る。


「おれは止めようって言ったんスけど!いやほんとそういう気とか更々なくて!」


「……そういう気とかないのに出来ちゃうんだね。理解」


マコトの言動は隠す気もないかのように刺々しさを増す。


「まぁまぁ、そンなん言っててもしょうがねぇだろ。で、どうして付き合うことになったンだよ?どっちから告った?」


フォローに見せかけたブーストを少年が掛ける。


「あの、告った…とかはなくですね、その、付き合おうとかもお互いそういうの無くて、って言ったら変なんスけどその…成り行きって言ったらおかしいんスけど」


「……は?うっざ。意味わかんないんだけど?」


「おいおいおい、それじゃ何か?告ってもねぇし付き合っても無ぇけどセックスだけしたって事になんね?」


「いや……あの、まあそういう解釈も出来ると言いますか……」


概史はしどろもどろに答える。


「解釈ってなンだよ?好きとかそういうのじゃねぇンかよ?」


「あの……なんていうか恋とか……愛とか、そういうのおれにはまだよくわかんなくて……」


マコトが概史を睨みつける。


「……は?いい加減にしてよ?そーいうのさぁ、セフレって言わない?てか、おかしくない?」


うっざ、と毒づきながらマコトはテーブルの脚を蹴る。


いやあの…と概史は俯く。


「まぁまぁ、コイツのハナシは最後まで聞いてやろうや?なんかオチがあンだろ、オチが」


少年は話の続きを促しながらフォローを入れる。


「オチを期待されたら難しいんスけど……」


俯いた概史はそう言いながら話し始めた。


これ系の教師、よく居るよな。

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