ep0. 「真夏の夜の爪」 61.致死量の孤独が身体にずっと流れてる
消えて行く子どもは最後はどこに行くんだろうな
あの日見たシャボン玉。
風に吹かれて消えて無くなるシャボン玉。
消えていく子どもの正体は少年自身でもあり、今まさにその孤独な子どもが増えるかもしれない行為を行おうとしているのだ。埋めようのない孤独の再生産を。
少年は右手で自身の左手首を強く握った。
「最悪なタイミングでこんなことお前に言わなきゃいけないンだけどさ」
マコトは黙って少年の言葉に耳を傾けていた。
「俺、マサムネを手放さなきゃいけなくなった」
「え!?」
マコトは思わず聞き返す。
「……そんな、なんで!?」
そうだよな、と少年は呟く。
「そう思うよな」
けど、と少年は目を閉じた。
「佑ニーサンに聞いたけど、猫が病気になったら二十七万とか、骨折したら二十万かかることもあるって」
少年は窓の外から見える空を見た。
「俺はマサムネを幸せにしてやれない。だからちゃんと幸せにしてくれる人に託す事にした」
じゃあガックンはまた一人ぼっちじゃないか、とマコトが泣きそうな声で言う。
いいンだ別に、と少年は少し笑った。
「同じだよ。お前も」
マコトは少年を見た。
「俺はお前を未来の“お前を幸せにしてくれる奴“に無傷で引き渡す義務があると思う」
どういうこと、とマコトは少年に問いかける。
「“据え膳食わぬは男の恥”って諺、あるだろ?」
うん、とマコトは頷く。
「多分この据え膳は非常食並みの長期保存可能食品なンだと思う」
「?」
「つまり賞味期限がめちゃくちゃ長いってこった」
二十〜二十五年くらいイケるっしょ、と少年はマコトの細く白い脚を見た。
いやそれめっちゃ長くない?買い被り過ぎじゃ無い?ガックンの守備範囲広くない?とマコトは思ったが何とも口には出せなかった。
「お前にはお前を幸せにしてくれる彼氏がすぐに出来るだろうし俺じゃない奴と結婚する。だから今俺が手ェ付けるわけにはいかねぇだろ?」
未開封のまま取っとけ、と少年は握った自分の手に力を込めた。
マコトが泣きそうな顔をしているのに気づいた少年はつられて自分も泣きそうになった。
違うんだ、勘違いしないで欲しいンだけど、と少年は慌てて首を振った。
「ああもう!」
床を力任せに殴った少年はその感情も勢いに任せてブチ撒けた。
「白状するよ!今日のお前めっちゃ可愛いし!マジで今までで一番可愛いし!誰が何と言おうと世界一可愛いんだよ!脚とかマジでたまんねぇし!正直今すぐそこに押し倒して滅茶苦茶に犯してやりてぇよ!」
「!?」
けど、と少年は握った手首に更に力を込めた。
「出来ねぇ…」
少年の右手は彼自身の左手首に深く食い込んでいた。
「本気でお前の身体の奥の方まで気が狂うまで掻き回してやりたい」
座った静かな目で少年は嘘偽りない欲求を吐き出す。
だが。
「それやった時点で俺は死ぬと思う」
机の上のモバイルバッテリーの青い光が点滅している。
「俺の心が死ぬしそれは絶対間違ってる」
信念。矜持。
家族も所持金も持たない少年が唯一持っている物だった。
心が死ぬこと。それは肉体の死よりも少年にとっては許し難いものだった。
「俺、お前のことが大事なんだ」
多分、俺自分よりお前の方が大事で、と少年は頭を掻きむしる。
「俺は頭良くねぇしどんな言葉ならお前に俺の気持ちが伝わるかとか全然わかンねぇし」
マコトは胸が張り裂けそうな気持ちを抑える事が出来なかった。
「もしお前が死にそうになってたら俺、自分の命なんかブン投げてもいいンだ」
俺には他に何も無いんだ。




