ep0. 「真夏の夜の爪」 60.白く覆われる視界
お前、メッチャ可愛いんだよ。
少年の頭の中は真っ白になってブッ飛んだ。
潤んだ瞳でマコトは少年を真っ直ぐに見つめていた。
暗がりでよく見えなかったが今日のマコトはボトムスを履いていないようにも見えた。
いつものダボダボのオーバーサイズのパーカーの下にショートパンツかミニスカートを履いているのだろうか。
細くて白い脚がスラリと伸びているのが見えた。
少年の知らない、初めて目にするマコトの姿だった。
このパーカーの下にも少年がまだ知らないマコトの姿が隠されているのだ。
これが据え膳か、と少年はぼんやりと思った。
ここで少年がキチンと食わねば双方の恥となるのだ。
据え膳。食事。料理。
そして“料理は愛情”
愛情ってなんだ?
用意された食事は本当に俺の物だろうか?
賞味期限ってあるのか?
今食べないとダメになるのか?
少年はマコトの頬に触れようと手を伸ばしかけた。
しかし直前で止め、首を横に振った。
「なあマコト、ごめん。俺、嘘ついてたわ」
少年は覚悟を決めた表情でマコトの目をまっすぐ見つめた。
「……嘘って?」
「俺、もうとっくの昔にお前のこと完璧に好きになってるわ」
不意打ちかつ豪速球すぎる告白にマコトは思わず赤面した。
「俺はあれからずっとお前の事ばっか考えてた。ずっと考えてた」
けど、と少年は続けた。
「どんなに考えてもお前の幸せになる未来に俺は居ないって思った」
俺はお前が好きだ。けど、お前が進んでいく先には俺は居ないンだ。
少年は静かに呟いた。
ガックン?とマコトが不安げに少年を見つめる。
「佑ニーサンに聞いたんだけどよ。ゴム付けても失敗する確率ってぇのがあるンだってよ。確か15〜18%って言ってたっけか。忘れたけど」
それでさ、俺考えたんだ、と少年は少し悲しそうな表情を浮かべた。
「もしこのまま俺たちセックスしてさ、子ども出来たらどうなるだろうなって」
「……え?」
マコトは絶句した。
そもそもマコト自身そんなことは人生で一度たりとも考えたことなど無かった。
「もしお前が妊娠してもさ、めちゃくちゃ学校遠いだろ?俺はお前の所に行ってやれないしお前もこっちに帰って来れねぇだろ?」
少年はぼんやりとテーブルの上にある紅茶のペットボトルのラベルを眺める。
「仮に妊娠しても俺は何もしてやれないし産ませても貰えないンだろうなって」
……そんな、とマコトは言葉を詰まらせる。
だってそうだろ?周りの大人がそんなこと認める筈ないだろ?と少年は視線を床に落とす。
「仮に生まれたとしても、取り上げられて養子とかに出されるンじゃないか?」
もしそうだとしたら、と少年は絞り出すように続けた。
「結果として俺たち二人の子どもを殺すか捨てるって事にならないか?」
それは少年が一番恐れていたことだった。
自分が母親にされた事を今度は自分の子どもにしようと言うのだ。
俺たちの子どもを、と少年は言いかけて泣きそうになった。
養子に出せば子どもは養父母に大切に不自由なく育てられるだろう。
しかし何かのきっかけで自分の出生の秘密を知ってしまったら。
「その時俺たちの子どもは何て思うンだろうな」
俺はずっと何年も思ってたんだ。
一人で過ごす夜の心細さと寂しさ。泣きたくなるような寒い真冬の深夜。正直気が狂いそうだった。
限界の致死量に近い孤独を俺に与えた物の正体って何だろうって。
「最近になってぼんやり解った。世の大人たちが“ただ何となく”“寂しくて”“その場の雰囲気で”セックスした結果が俺らみたいな子どもを生み出してるんじゃないかってさ」
概史の家も撫子の家も俺の家も、それぞれ事情はあると思う。
けど、と少年は噛み締めるように言葉を発した。
「俺は絶対に俺たちの子どももお前も不幸にはしたくないって思った」
本当なんだ。