ep7『ドッペルゲンガーと14歳の父』 怯える猫と見上げる少女
木の上って盲点だったな。
一年女子の指差した方向に───────木に登って降りられなくなったキジトラの姿が見えた。
「……居るじゃねぇか!」
猫はブルブルと震え、耳をペタンと畳んでいるかのようにして怯えている。
「おい……!降りてこいよ……!」
俺が木の下から声を掛けるも、猫はソワソワとした様子を見せるばかりで一向に降りる素振りを見せなかった。
「……あの、さっきからあたしも声を掛けてるんですけど……足がすくんで降りられないみたいで─────」
一年女子は不安そうに俺に告げた。
なるほどな。
俺は枝に手を伸ばし、木に登ることにした。
「……えっ!?」
一年女子が不安そうに見守る中─────俺はどうにか木の上に登り、猫の真横に接近する。
桜の木の枝は細く、あまり体重を掛けるとポッキリと折れてしまいそうだ。
俺はポケットから“子ねこ用ちゃおチュール”を取り出し、封を切って猫の鼻先近くでひらひらと振ってみせた。
腹が減っていたんだろう。猫はすぐさまちゃおチュールに反応する。
猫がそろりそろりと近付いて来た所で──────俺はソイツの首根っこをサッと掴んだ。
「……あ!」
木の下では一年女子がホッとしたように歓声を上げた。
俺も少し安堵したが、問題はここからだ。
手元に引き寄せた所で脇に差し込むように抱き上げる。
もう片方の手でそっと尻を持ち上げるように支えるが……この体勢で俺はどうやって降りればいいんだ?両手が塞がっちまってるじゃねーか。
“子猫”って聞いてたからポケットに入りそうなくらいのサイズを想定していたが、コイツはまあまあデカい。
4〜5ヶ月ってトコだろうか。
ポケットに入れることも服の中に入れることも難しいように思えた。
猫と一年女子が固唾を呑んで俺の顔を見上げているのが伝わってくる。
おまけに封を切っちまったちゃおチュールも手に持ってるし────このままの体勢で降りるのってやっぱ無理じゃね?
「なあ、宮原……だったっけ?ちょっとコイツ、持っててくんね?」
俺は木の上から身体を伸ばし、どうにかちゃおチュールと猫を一年女子に手渡す。
「……え!?あ、ハイ!」
突然名指しされたからか、一年女子はビクリとした様子をみせたが特に恐れる様子もなく猫を抱きとめてくれた。
両手が空いたので俺は木から降り、改めて一年女子に礼を言う。
「悪ぃな。助かったぜ。お前が居てくんなきゃ俺まで木の上から降りられなくなってたとこだった」
そのまま猫だけ地面に降ろしてたらまた逃げられちまってたかもな、と俺が言うと一年女子はブンブンと首を振った。
「いえ…!センパイに来てもらって……ネコチャンが助かって本当によかったです…!」
たまたま見つけたコイツのことをそんなに心配してただなんて、この女子は余程の猫好きなんだろう。
そこでふと俺は……今は授業中だということを思い出した。
「あ、悪ィな引き留めちまって──────授業に遅刻させちまったな」
次の授業ってなんなんだ?と俺が訊ねると一年女子は小さく答えた。
「えっと……あの、5時限目は……美術です…」
なるほど、都合がいいじゃねぇか。
「あ、じゃあ俺からセンセェに伝えとくわ。俺が引き留めちまったから授業に遅れたけど、遅刻扱いにしないでやってくれって─────」
名前は宮原だったよな?と俺が確認すると一年女子は少し緊張した様子でこう名乗った。
「あ……、はい。宮原です。宮原…… 渚……」
マジで助かったぜ。




