ep7『ドッペルゲンガーと14歳の父』 午後のエージェントと交換条件
……疲れた
「ハァ……」
椅子に座り、深く溜息をつく俺に対し佐々木は揶揄うような視線を向けてくる。
「……お疲れのようね」
差し出されたリンゴの紙パックジュースにストローを挿し、放心しながら俺はそれを啜った。
「マジでアイツどうにかなんねぇかな……」
休憩時間の保健室。
午前中と給食時間だけで1週間分のエネルギーを消費したかのように疲れてしまった俺は───────ここに一時避難して来たのだった。
佐藤次郎(仮)であり俺のドッペルゲンガーなのだが……とにかく意味が分からなかった。
一時限目の数学の授業の途中から早速抜け出して体育館裏でサボってるわ(開始早々から既に集中力を切らしてんのか?)、美術の授業では彫刻刀で机に自分の名前を刻み始めるわ(勿論、小泉にこっぴどく怒られてはいたが)、理科の授業の実験では派手にアルコールランプを爆発させるわ(むしろどうやって爆発させた?)、体育の授業のマラソンでは行方不明になってるわ(途中でバックれてサボってたらしい)で……その度にフォローしなきゃなんねぇ俺の疲労はピークに達していた。
おまけに給食時間にワンカップ大関を呷り始める始末だ。
『牛乳って苦手なんだよなぁ』じゃねぇよ。ふざけてんのか?今日は小泉が担任代行だったからいいようなものの─────────
これが他の教師や加賀の耳に入ってみろ、反省文どころの騒ぎじゃ済まなねぇだろう。
てか、どっからワンカップ大関とか出して来たんだよ?学生鞄に常備してんのか?頭おかしいだろ?
たった半日でこの騒ぎだ。
恐らくこのテンションだと家庭科の時間に食材を炭にして火事を起こし、音楽の時間には授業をジャックして爆音でラップバトルとか仕掛けて来た挙句、英語の授業ではリスニング教材のDVDをAVにすり替えたりして来るんじゃないんだろうか。
いや、もっと酷い事態になるかもしれない。
俺は早くも佑ニーサンに書類の調達を依頼した事を後悔していた。
こんな事なら自宅で大人しく待機させとけばよかったかもしれない。
(それはそれで帰宅したら家が倒壊してそうではあるが──────)
「……苦労してるのね、貴方も」
魂の抜けたような表情を浮かべている俺を気の毒に思ったのか、佐々木が俺に同情的であるようにも思えた。
「……そんなに疲れてるのなら、少しの間預かってあげてもいいわよ?」
マジか、と反射的に聞き返した俺に対し、佐々木は意味ありげにニヤリと笑った。
「……そう。ここは保健室だから昼寝やサボりには絶好の場所だわ。オマケにWi-Fiと冷えたドリンクも完備してるしね」
貴方の従兄弟にこの場所の事を教えて上げたらすっ飛んで来るんじゃないかしら、と佐々木は俺の反応を伺いながら言った。
「なるほどな」
俺は頷いた。
「けど、お前がそんな事を言い出す時ってのは何か交換条件があるんだろ?」
なんだよ?なんかあんだろ?言ってみろよ?、と俺が言うと───────佐々木は待ってましたとばかりに頷いた。
「……流石ね。話が早くて助かるわ」
佐々木の提示する交換条件。
一体どんな物なのか────────────俺は身構えた。
どうせロクなことじゃねぇんだろ?




