ep7『ドッペルゲンガーと14歳の父』 緊迫トライアングラー
なんかめっちゃ空気が重いんだが?
無言のまま俺達は土手沿いを歩いていた。
小泉はさっきから一言も発しなかった。
沈黙が重苦しい。
あれか?やっぱさっきのエロ本のことか?てか、他に思い当たる事なんて無いもんなあ?
一つ言わせて貰えば、コレを持ってたのはドッペルゲンガーの方で俺じゃねぇ。断じて違う。
だけどさ、小泉的にはそんなん関係ないんだろう。
ああいうのが俺の趣味だって思われてる?まあぶっちゃけるとちょっとだけそうなんだけど。
限界オタクの陰キャチー牛って言ってもさ、やっぱ小泉だって一応は女なんだよな……
俺がこういうの見てるって思ってドン引きしてるんだろう。
でも仕方ねぇよな。爆乳素人中出しだぜ?コレばっかは言い逃れ出来ねぇだろうし───────
小泉的にはドコがアウトだったんだろう。
素人?爆乳?中出し?いや、全部か?
けどさ、仕方なくね?俺だって健康な思春期の男子なんだし……こういうの見ててもまあ、想定の範囲内じゃねぇの?よくあることだろ?
俺はチラリと横目で小泉を見た。
小泉は俯いたまま無言で歩く。
その表情は、何故か泣きそうなように思えた。
────────やっぱ引いてるよな。
泣きそうなほどキモいって思われてるんだろう。
そうだよな。
女から見たら────こういうの見たりする男って……“不潔”って思われても仕方ないよな。
かと言って弁解も何もあったもんじゃねぇし───────
どうしたものか、と思案していると俺の耳に聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
「……良かったですわ。佐藤さん」
俺と小泉が振り返ると───────そこに居たのは、花園リセだった。
やっと追いつきました、と微笑む姿は相変わらず優雅で貴婦人そのものだった。
「え?リセさん?」
俺がビクリとしながら反応すると花園リセはニッコリと微笑んだ。
「……ええ、まだこの辺りにいらっしゃるのを見たものですから急いで追い掛けて来たんですの───────」
ところでこちらの方は、と花園リセは横でドス暗いオーラを放っている小泉に視線を向ける。
「え?ああ、そういや会うのって初めてだよな?こっちは俺の副担の先生の小泉で……」
俺がそう言いかけると、たった今までの空気が変わったかのように小泉は表情を変えた。
「……あら。こちらの方が小泉先生ですのね。初めまして」
花園リセは微笑みを浮かべたまま小泉に自己紹介する。
「お話は佐藤さんからよくお伺いしてますわ。とても教育熱心でお若い先生だとか──────」
「え?えっとその……」
小泉はややテンパったような表情を浮かべている。
まあ、リセさんってあまりにも浮世離れした貴婦人だからなんかビビっちまうのも無理はねぇよな。
「さ……佐藤の副担任の小泉です。うちの佐藤がいつもお邪魔してお世話になっていて……ご迷惑ではないでしょうか」
「……いえ。わたくしの方も佐藤さんの訪問をいつも楽しみにしてますから。迷惑だなんてとんでもありませんわ」
そう言うと花園リセはまた優雅に微笑んだ。
だが、何かがおかしい。
二人はお互い初対面で──────今まで全く接点なんて無かった筈なのに。
この異様な空気感は何だろう?
さっきのエロ本の一件が尾を引いてんのか?
小泉が緊張してる?
俺達3人はしばらく無言のまま佇む。
どうしよう。なんでこんなに緊迫感あんの??
流れを変えようと、俺は花園リセに話しかけることを試みた。
「そういやさ、リセさんさっき俺を見て追い掛けて来たって言ってたけど……何か用事でもあったとか?」
花園リセは思い出したように手に持っていた紙袋を俺に差し出して来た。
「……そうそう、先程こちらのパウンドケーキを沢山お召し上がりだったでしょう?喜んで頂けたようなので───────お土産としてお渡ししようと思いまして」
それで急いで後を追い掛けたんですわ、という花園リセの言葉に俺と小泉は反応する。
「“先程”……?!」
「ええ、弟さんも一緒だったでしょう?どちらに行かれたんですか?」
俺には弟なんか居ねぇし、花園リセの家にも行ってない。
“ヤツ”で決まりだった。
俺と小泉は顔を見合わせ、花園リセにドッペルゲンガーの事を簡単に説明した。
「……まあ。そっくりさん、ですって─────?」
花園リセは驚いたように俺の顔を見る。
「……ちっとも気付きませんでしたわ。あまりにもごく普通に、わたくしの屋敷においででしたから────」
ん?
ドッペルゲンガーはナチュラルに花園リセの屋敷に上がり込んでケーキ食って帰ってったってことか?
一体どうなってんだ???
困惑する俺を尻目に、花園リセはニッコリと微笑んだ。
「────────では、“本物”の方の佐藤さんと小泉先生。宜しかったらこれから屋敷でお茶でも如何ですか?」
ええ……?




