ep6『さよなら小泉先生』 まだ恋ははじまらない
これでこの話は終わりだ。
中華料理屋を出た後、小泉は無言でスタスタと歩き始めた。
チャーシュー麺を食ってる時もずっと無言だったしな。
「おい!待てってば!」
俺は後から追いかけるように歩く。
小泉は俺の声が聞こえないかのようにスマホの画面を凝視している。
てか、さっきからずっとソシャゲやってんのか?
理由はよくわからないが───────小泉の機嫌が悪いって事だけは理解できた。
俺と一緒くたにされて高校生と間違われた事にムカツいてんのか?
それともチャーシューをサービスされちまったこと?
俺がスープまで残さず全部飲んでたこと?
けどさ、女ってのは若く見られた方が嬉しいんだろ?
チャーシューだっていつもより多くなってお得じゃん?
健康に悪いって言ってもさ、スープ残すのなんて発想そのものが俺には無いし。
何が気に入らないってんだ?
それとも何か?
小泉くらいの歳だとガキっぽく見られるのってなんか嫌なのか?
でもそれってしょうがなくね?
小泉の持ってるコテコテの痛バッグがもう社会人らしくねぇんじゃねぇの?
しまむらのアニメコラボ服なんか着てたら輪をかけてガキっぽく見えるじゃねぇか。
そもそもさ、俺に至っては実年齢より老けて見られてる訳なんだが???
これってアレか?今日着てる服が悪かったのか?
佑ニーサンのお下がりの柄シャツ。
どこかチンピラっぽく見えてしまったんだろうか。
よく考えたら若く見られた小泉よりも老けて見られた俺の方がダメージデカくね?
なんで小泉はキレ散らかしてるんだよ?
「なあ!センセェってば!」
俺はもう一度、小泉に声を掛けた。
小泉はスマホの画面をガン見したまま相変わらずスタスタと歩いていく。
横断歩道の信号は点滅し、赤に変わっている。
小泉は気付かない。
大通りの信号は青になり、停まっていた車が一斉に動き始めた。
小泉は止まる様子を見せず、速度を落とさずそのまま歩いている。
まずい。
俺は咄嗟に叫び、小泉の手を掴んだ。
「小泉!!」
その瞬間、小泉の目の前──────────スレスレの位置をトラックが通り過ぎる。
振り返った小泉は驚いたように俺の顔を見つめた。
一瞬だけ僅かに視線がぶつかる。
……佐藤、と小さく小泉が呟いたような気がした。
「あっぶねぇーな!?何考えてんだよ!?轢かれるトコだっただろ!?」
俺は思わず語気を荒げた。
「……え、ああ。すまない」
その時の小泉の表情はなんだか───────今にも泣き出しそうなものに思えたんだ。
「……えっ!?違くて!!悪ィ、そういうつもりで言ったんじゃなくて!!」
俺は思わず首をブンブンと振った。
てか、どういうつもりも何もねぇじゃねぇか。俺は何を言ってるんだろう。
「……いや、前を見てなかった私が悪いんだ」
すまない、と小泉は小さく項垂れるように言った。
どうしてだか理由はわからないが、俺も何故か申し訳ない気分で一杯になった。
「ごめん。俺のせいでセンセェ、イライラしてたんだよな?」
俺は小泉の顔をもう一度見た。
「俺、センセェにそんな顔させたかった訳じゃないのに──────────」
胸の中から何かが溢れそうになって言葉が続かない。
そうだ、俺───────小泉に何か言わなきゃいけないことがあったんじゃねぇのか?
俺は必死で頭をフル回転させ、言葉を探した。
小泉は少し視線を逸らすような表情を浮かべたまま、こう俺に言った。
「……その、佐藤。そろそろ手を離してくれないか」
「え!?」
ギョッとした俺は思わずビクリとした。
小泉は無言のまま俺が掴んでいた掌からするりと自分の手を抜いた。
「……ほら。信号が青になった。行くぞ。」
「え?ああ……」
咄嗟に上手く反応出来ず、上擦った調子で俺は返事を返す。
黙ったまま真横に立っていた俺と小泉はそのまま歩き始めた。
小泉の横顔は少し笑っているように見えた。
「え?センセェ、今度はなんで笑ってんの?俺のこと揶揄ってたんか?」
怒らせたかも、気を悪くさせたかもと思って俺がヤキモキしてる間に、内心では小泉はずっとニヤニヤしながら様子をみてたのか?
俺の問いに対し、小泉は首を振った。
「そんなんじゃないさ。たまにはこういう休日も─────案外悪くないかもなって思ってな」
ここまで読んでくれた奴、ありがとな。