ep0. 「真夏の夜の爪」 52.甘くとろける為の液体
なんだそれ?
ええと、ゼリーとかジェルっていうのはですね、と概史がフォローを入れる。
「ほら、おれら昔ミニ四駆よくやってたじゃないっスか。覚えてます?先輩?」
ああ、と少年は力なく答える。
「ミニ四駆にグリスとか使ったの覚えてますか?」
そういやそういうのあったな、と少年はぼんやりと思い出した。
「そうそう、ギアやシャフトに使うんだよな。パーツの摩耗を防ぐ効果もあったんだっけ。懐かしいよなぁ」
少年はぼーっとした頭で呟く。
昔、爺さんが生きていた頃はたまに玩具を買って貰えた。
よく概史とミニ四駆を改造して走らせたことを思い出した。
「それと同じっスよ」
「え?」
少年の思考が再び停止する。
どゆこと?と少年は固まった。
「ギアやシャフトに?」
いえいえ、と概史が慌てて首を振る。
「どっちかと言うと先輩のシフトレバーっスよ。使うのは」
「シフトレバー」
少年はぼんやりと繰り返した。
「発進前に使ってくださいね」
「発進前」
少年の思考は混乱していた。
なんだこれは?何の話だっけ?
「あの、これらはミニ四駆には使えないんで注意してください。同じくミニ四駆用は人間に使えないんでそっちも気をつけてください」
概史が意味不明なフォローを入れる。
最早概史もなんと少年に説明していいかわからなくなっていた。
ええと、と少年が情報を整理しようとするが寝起きのせいか混乱したまま思考が散らかる。
「いつ使うんだっけ?」
「今晩でしょう?」
「まずどうするんだっけ?」
「個包装のパッケージの蝶々の絵が描いてある方が先輩側です」
「蝶々?」
「個包装に目印で蝶々の絵が描いてあるんスよ。暗くても裏表判別しやすいように」
「裏表?」
「ゴムの向きです」
「向き?」
「向きや付け方ミスったら捨てて新しいやつでやり直してください」
「??」
「ちょっと先輩!しっかりして下さいよ!?」
先輩がしっかりしてないと何も出来ないですよ、と概史は半ば呆れたような表情を浮かべた。
「寝起きだからっスか?それとも何かあったとでも?」
いや、別に、と少年は扇風機のスイッチを『強』にした。
概史は何しに来たんだっけ?少年はぼんやり考えていた。
ヤベェ、全然頭に入ってこねぇ。