ep6『さよなら小泉先生』 三十六計
俺は卑怯で弱い人間なんだ。
「ああ……すいません。お時間を取らせてしまって」
すまなさそうな表情を浮かべるシンジに対し、俺の良心がチクリと痛んだ気がした。
別にコイツは悪くねぇんだ。
いや、どっちかっていうと───────俺が全面的に悪いんだ。
鬼怒川鏡花のみならず、その子ども達やシンジ、親族──────周囲に取り返しのつかない程の苦悩を与えた張本人は俺じゃないのか?
ジェリーフィッシュとかいう催眠セットの存在やDQN二人組の動向も気にはなるが──────俺が居なければ中学生の小泉は道を踏み外すことも無かったじゃねぇか。
俺は居ても立ってもいられず、適当に誤魔化すとその場を後にした。
「話してくれてありがとうございます。何かわかったらそちらの神社に知らせに行きますね」
シンジは今にも泣き出しそうな顔でコクンとただ頷いた。
今まで誰にも吐き出すことが出来ずに、たった一人で悩んで苦しんでいたんだろう。
何もかもが俺の勝手なんだが──────もうこれ以上、シンジの悲痛な表情を見ていられなかった。
俺がコイツを地獄に落とした張本人なのに。
本当に我ながら情けないんだが……俺は多分、逃げたかったんだ。
公園を後にした俺は河川敷の方向に急いだ。
人形のうち一枚を川に流す。
たったそれだけのことだ。
封筒から人形を取り出した俺はそれを眺めた。
本当にこれでいいんだろうか?
だけど、今の俺にはこれしかないんだ。
俺は絶対に──────元の世界に戻らなきゃいけねぇ。
小泉の為にも、母ちゃんの為にも──────それに、何より俺自身の為にも。
ケジメをつける。
躊躇していた俺はゆっくりと人形を川に浸け、その手を離した。
白い人形は思ったよりも早いスピードで流れていき、やがて見えなくなった。
あとはもう何も考えずに未来の小泉の言葉を信じるしかない。
帰宅した俺はシャワーを浴び、服を着替えた。
腹は減っていたが疲れすぎて何も食べる気力が湧かない。
布団を敷くと封筒からもう一枚の人形を取り出し、枕の下に敷く。
まだ寝るつもりはなかったのだが、布団の上に転がっていると睡魔に襲われた。
うつらうつらとしていたが、疲労のせいかそのうちそのまま眠ってしまったようだ。
途切れ途切れの意識の中、遠くで誰かの声が聞こえた気がした。
でも、誰の声かはわからない。
それはとても───────懐かしくて優しい声だった。
疲れが一気に噴き出たのかもしれない。




