ep6『さよなら小泉先生』 記憶の中の聖母被昇天
この飴、無くさねぇようにしないとな。
「さて、と」
そう言うと小泉は改まって俺の方に向き直った。
そろそろ時間だ、と小泉が呟き俺はこの時間が終わることを悟った。
そうだよな。
十年後の未来から少しの時間でもこっちに来れるっていうのがそもそも非現実的だよな。
少し話せただけでも奇跡みたいなものじゃないか。
そんな非現実的な奇跡を“残った力”だけで実現してしまう例の黒い石───────────
こいつに秘められた力ってのがもうヤバすぎる。
そんなヤバい代物を、少し先の俺はキチンと見過ごさずに見付けて回収出来るんだろうか。
俺がそう思っているのを見透かしたのか、小泉は俺の頭をまたクシャっと撫でた。
「……心配するな。大丈夫だ。お前なら絶対上手くやれる」
「随分と俺のことを信頼し切ってくれてんだな?」
買い被り過ぎじゃねぇの、と俺はいつものように言ったが実際は不安で一杯だった。
もうこの“未来の小泉”には会うことは出来ない。
何か知りたいことがあれば今のうちに聞くしかない。
聞きたいことはまだまだ山ほどあった。
だけど。
混乱している俺は居なくなる小泉に対し、なんと言えばいいかわからなかった。
「はは。手先が少し透けてきたな」
小泉の手足の先端は少し消え始めていた。
「じゃあな。未来で再会したら酒でも飲もうか」
小泉のその言葉が胸にチクリと刺さったような気がした。
俺が自力で『正しい未来』に辿り着かない限り──────この小泉には二度と会えないかもしれないんだよな。
一人、取り残されるような焦燥感が俺を襲う。
「……センセェ!」
俺は咄嗟に小泉を呼び止めた。
「……なんだ?」
小泉が振り返る。
「センセェ……今って─────幸せか?」
俺は何を言ってんだろう。
自分でもなんでこんな事を聞いたのかよくわからなかった。
けれど、振り返った小泉は───────満面の笑みを浮かべてこう答えたんだ。
「ああ。勿論……今が人生で一番幸せだよ」
それだけ言い残すと小泉はまるで霧のように静かに消えていった。
暗かった筈の周囲は既に日が昇り始めている。
まるでいつか見た絵画の中の人物みたいに───────朝焼けの中に溶けて消えてしまった。
俺が初めて見る笑顔。
満ち足りた表情のその小泉は─────慈愛に満ちた存在そのものに思えたんだ。
小泉、未来に帰っちまったな……




